切り札

「よし、罵倒拳を打ち込んでやれ。お前しか知らない奴の秘密を暴き立てながらな」


 ヤカラもんは頭に風穴を開けたまま陽向に指示を下す。死ぬ死ぬの連呼は陽向に注射を打たすための方便だったのだろう。ダメージすら負っている様子がない。

 頭の中で氷翠の秘密を思い出そうと眉間にしわを寄せていた陽向は、何かを思いつたのか明るい顔で眉を開いた。


「フフフッ。これを言ったら氷翠はめっちゃくちゃ怒りますよ。顔真っ赤にして襲いかかってきます」

「よし、言ってやれ言ってやれ。飛んで火に入るなんとやら。そこにカウンターで炎をぶちかまして、死なしたれ」


 炎の色をした髪の陽向と、氷の甲冑をまとった氷翠が近距離で向き合った。もう、炎の壁で隠れる必要も、距離を取られる恐れもない。


「氷翠、覚悟はいいね?」

「陽向、死んでも友達でいてね」

「大丈夫だよ、死ぬのはそっちだから」

「あなたじゃ私に勝てないわ」


 陽向は深く息を吸いながら両手を腰だめに構えた。

 氷翠は頭上に巨大なドリルのような剣山を精製した。

 動くものは誰もいない。必殺のタイミングと、相手の攻撃を避けるポイントを見計らいながら時間が過ぎる。静寂を切り裂いたのは、ヤカラもんの「あーどっこいしょ」という一言だった。疲れたのか、地面にあぐらをかいたのだ。


 視線を一瞬だけそちらに映した氷翠に、切り札ともいえる罵倒が飛んだ。


「こんの、体重59キロめー!」


 怒りで顔を赤くした氷翠が、何か言葉にならない叫びを上げながら飛びかかってくる。そこを炎が包むはずだった。だが陽向の炎は全く見当違いの方向に向かって暴発した。


「あ、あれ?」


 巨大な手で頭を掴まれ、くるりと回されたような感覚に陥った陽向は、気を取り直してもう一枚の切り札を切ろうと息を吸いこむ。

 その脳天へ猛烈な威力の何かが炸裂。紫色の軌跡を描いたそれは、続いて氷翠の鎧を打ち砕き、またも脳天に大きな衝撃を与えた。

 炎を使いこなす戦士も氷の四天王も、一瞬の間に倒れ伏したのである。


 何が起きたか理解できていないヤカラもんは、気絶した二人を見比べ、陽向の介抱よりも氷翠にトドメを刺すことを選んだ。


「なんかしまらないが、とりあえずこっちから殺っておくか」


 落ちていた氷柱を握り、気絶している氷翠の胸を刺そうと振り上げる。そのヤカラもんの首が飛んだ。一瞬だけ苦悶に満ちた表情を浮かべ、ヤカラもんの首はチリのように消え失せた。


「一体何が」


 その場で唯一意識を留めていた、ユニっちの瓶が粉々に割れる。同時にその意識を示していた光も消えた。

 寒くて何もない赤い大地に、気絶した二人の少女だけが残されたのだった。

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