見ずには死ねない

 深夜、すきかいにて向き合う陽向と氷翠。

 昼間と違い、その目には戦いへの飢えが映っている。打開策を話し合うつもりが、いかにして相手を葬り去るかという思考へと変わっている。もちろん二人ともその自覚はあるものの、かといってそれを正そうという考えにまで至らない。ひとえに、隙魔界の空気のせいである。


「やっぱり体を動かすと気持ちいいね。陽向、避けないでよ」


 氷翠は巨大な氷柱を陽向の顔面に投げつけながら、無茶な注文をつけた。


「ダメだよ氷翠、きちんと話し合おう」


 そう言いながらも、陽向は無数の炎の玉を氷翠に当てようとする。炎と氷で交わされる肉体言語は、口先よりも多弁であった。

 ヤカラもんは陽向の腰にへばりつきながら、しゃがれた声で言う。


「お前らが友人同士というのは、実に都合が良かった」

「なんでですか?」

「奴が言われたら怒ることとか知ってるだろ」


 陽向はその問に、曇り一つない笑顔で答えた。

 その間にも氷柱を飛ばしてくる氷翠との距離を縮める。現在、間隔は50メートルほどか。距離を詰めなければこちらが不利になるだけだ。

 炎の壁を30メートルほどの広範囲に広げる。どこから出てくるか分からなければ、氷柱の狙いは定めにくい。


「お前、ずいぶん楽しそうに力を使いこなしてるな」

「イメージはありますから。ゲームで。このまま距離を詰めて、炎の壁で蒸し焼きにしてやりますよ」


 互いの距離は約30メートル。白馬に乗っての移動を封じられた氷翠にとって、陽向との距離は死活問題であった。少しずつ後退するが、それ以上に詰められるスピードが早い。焦りが表情に浮かぶ。

 腰にくくりつけていたガラスの瓶から、ユニっちの声がした。


「氷を鎧のようにまとうのです」

「重いだけじゃない?」

「やるのです」


 氷翠は頭の中で氷の鎧のイメージを描き、蒸着させた。


「なにそれ、超かっこいい!」


 炎の壁の右端から陽向の声が聞こえた。どうやら氷の鎧のビジュアルが心に刺さったようだ。声がした方向に氷柱を集中させる。手応えがあった。


「お前、バカか? 自分で位置バラしてたら壁の意味がないだろ」


 左腕から血を流す陽向を見て、ヤカラもんは遠慮なくこき下ろした。


「かすり傷です。そもそも、こんな両腕と足が出た水着で戦えという方がバカです」

「いやお前のほうがバカだ」

「バカって言った方がバカです!」


 大量の氷柱が炎の壁を貫く。頭を抱えてしゃがみ込んだ陽向は、ヤカラもんの脳天に無数の氷柱が刺さるのを見た。


「あ」


 間の抜けた声を漏らし、陽向はヤカラもんを抱え起こす。氷柱が貫通したことを示す穴が、頭にいくつも空いていたる。


「危ない、おれ死ぬわ」

「死ぬとどうなるんですか?」


 明らかにそれを聴くタイミングではないが、あえて陽向は問うた。酩酊状態による判断力の欠如である。


「死ぬ前に頼みがある」


 ヤカラもんは問いかけを無視して自分の言いたいことを言い、ポケットをもぞもぞとし、注射器を取り出した。


「これは、ババマギア共通のパワーアップアイテムだ。つめた〜く感じるかもしれないが、間違いなく陽向に夢のようなパワーを与えてくれる。なあに、ビタミン剤のようなものと思っておけば間違いない。一回打てば3日は寝ないで済む覚醒状態になるから勉強し放題だし、空腹も感じない。経済的だしダイエットにも良い。芸能人はみんなやってるから大丈夫、怖くない。これさえ打てばあんな氷なんぞ目じゃないから、打て。おれが死ぬ前に打て。おれが見てる前で打て。ああ死んじゃう、早くしないと死んじゃう」


 むしろ生き生きと説明を始めたヤカラもんは、丸い手を巧みに操り、注射器の空気を抜いた。


「はい、わかりました」


 血走った目で注射器を受け取った陽向は、それを空に透かす。そこへ氷柱が命中し、注射器は木っ端微塵に砕け散った。


「ああ、大チャンスが」

「そうですね、大チャンスです」


 氷翠が近づいてきている。もはや互いの距離は10メートルも空いていない。炎の壁を解除し、陽向は氷翠に向き合った。

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