戦闘意欲
重たく白い霧の向こうから、何者かが近づく気配があった。陽向は目を凝らし、感覚を研ぎ澄ます。
「何が来てるんですか……?」
「……わからんが、多分」
寒さに震える声でヤカラもんが返答したタイミングで、鋭い氷柱が飛んできた。視力が強化されているおかげで、霧の中でも判別できる。とあーとか叫んだ陽向は両手をパントマイムのように突き出し、炎の壁をこしらえた。
「まさしく侵入者を防ぐ
氷柱は炎の壁に溶かされ、陽向達に届くこと無く蒸発する。
「何が面白いのかはわからんが、なんだその余裕は」
ヤカラもんの疑問に、目を輝かせながら陽向は答えた。
「だって私寒くないですもん。それに、氷に対して炎は相性がいいって相場が決まっているんです」
「理解ができない」
「テンション上がりますって、こんなの」
「来たぞ」
霧を割るように白いユニコーンが現れた。その背に、細い女性が座っている。聞き覚えのある声で気軽に話しかけてきた。
「あなた、陽向よね? 髪の色も赤いけど、陽向で間違いないよね?」
「あれ、氷翠?」
「ああ良かった、違ったらどうしようかと思った! この格好で話しかけるって勇気がいるわ……」
「どうして? かっこいいよ?」
銀色のティアラに肩と膝が出る白いドレス、そして銀色の靴に身を包み、とどめとばかりに白馬、それもユニコーンに乗った氷翠は顔を伏せた。
「要素てんこ盛り過ぎなのよ……」
「86点が93点にアップ……だと!?」
ヤカラもんが珍しく興奮した声を上げながらピョンピョンと飛び跳ねる。その様子を白い目で見た陽向は、視線を再び馬上の氷翠へと向けた。
「教室で言ってくれれば良かったのに。『我、
「言えないよね? 陽向だって言えないよね?」
「うん……言えないねえ……」
「それに、こうした方がかっこいいじゃない」
「わかる。その格好ならわかる。私、水着だけど」
「えー? それいいじゃん! 動きやすそうで」
陽向は少しもじもじし、
「それじゃ、そろそろ戦っちゃう感じ?」
と緊張感のない声で問いかけ、ヤカラもんを驚かせた。
「さっきからお前、飲み込み良すぎないか? 戦闘狂か? まだ何も」
「そういう”運命”だったのよ」
芝居がかった声音で氷翠はヤカラもんの意見を封じた。
「じゃあ陽向、怪我しないように、思いっきり暴れよう」
「うん。多分これはエンディング間近のシチュエーションだね!」
「ああ、なるほど」
今まで一言も言葉を発さなかったユニコーンが、少年の声で言った。
「あなた方は、これをゲームかなにかと思っているのですね」
「わあ、喋るんだこの子」
「そうなの、紳士なの。私のユニっちは」
二人から鼻面を撫でられたユニっちは、身じろぎもせずに言葉を続けた。
「我々穏健派と急進派が出逢えば戦闘は必然。どちらかが死ぬまで戦いは終わりません」
「そういう設定なんだね」
「ありがちだけど、燃えるね」
「お前ら、ちょっと本当に話を聞いてくれ」
疲れたようにヤカラもんは言った。
「あのな、ゲームじゃないって言ったよな。おい陽向、『死ぬと現実世界では抜け殻のようになるから、命をかけて戦え』って、おれ、お前に言ったよな?」
「そういう設定なんですよね」
「最近メタフィクション流行ってるからね」
「ダメだこいつら、埒が明かねえ」
ヤカラもんは寒さに震えながら地団駄を踏み、陽向に提案した。
「まあ、ゲームでもなんでもいいや。やる気はあるんだろ? やれよ。とりあえずやれよ。寒くてたまらん」
「わかりました」
陽向は罵倒拳の型に入る。もちろん氷翠に当てるつもりはない。そのはずだった。
しかし、先程から胸を焦がしているものの存在に陽向は気づいている。それは何か。飢えか、焦りか、期待か、もしくは、闘志か。
親友と言っても差し支えない間柄の翡翠に向けて、陽向は罵倒の言葉を向けた。
「このド淫乱娘がー!」
両手を突き出す。炎は翡翠を包み込んだ。一部始終を見ていたヤカラもんは、陽向に気づかれないよう、口の端だけで笑っていた。
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