フェをペに変更
目の前で友人が炎に包まれている。それを実行したのが自分だということを忘れ、陽向は氷翠に走り寄った。
「氷翠! な、なんで私!? 氷翠!!」
目の前で起きたことが信じられないが、自分でやったことだ。親友に放った罵倒拳の威力に唖然とし、いまだ包み込む闘志が消えないことにも驚いている。
やがて炎が消えた。氷翠は、火傷一つ負っていない。やはりこちらも驚いたような表情で言った。
「死ぬかと思った。不意打ちのうえに淫乱呼ばわりされるとは」
笑いながら、巨大な剣山のようなものを頭上に精製した。もちろん先端は鋭利な氷である。
「これは多分、陽向でも消せないわよ。四天王、氷の翡翠の必殺技、”エターナルブリザードソード”だもの」
そもそも二人の距離は、会話ができる程度にしか離れていない。氷を飛ばす特性上、離れて戦うほうが氷翠にとっては有利だっただろうが、あえて距離を取らないところに余裕を感じさせる。
至近距離からあの剣山を喰らったらどうなるか、ということを陽向は考えなかった。燃えたぎっているのは、ただ氷翠に対する純粋な闘志である。
氷翠は両手を上げ、笑顔のまま振り下ろした。
「死んじゃったら教室で謝るね」
「格好良すぎない、四天王って。私もそういう称号が欲しかった」
「今となってはどうでもいいんだけど、陽向」
「なに?」
「私達って、ゲームとは言え、こんなに好戦的だったっけ」
その間も氷柱は襲いかかってきている。言われてみれば、と陽向は考えた。
「なんでこんなに戦いたがってるんだろう」
横目でヤカラもんを見つめる。
「あー。説明しとかないとフェアじゃないか。まあ、お前らは催眠状態にはある。友人を燃やしたり刺したりしないだろ。ゲームとは言え」
「はい」
「戦わない可能性もあるからな。それを考慮して、
「ん?」
「酔ってるってことだ。酔って、戦いへの衝動がむきだしになっているのだ。多分、この霧のおかげだろう」
ヤカラもんはしれっとよくないことを言った。
「そうなんだって、氷翠。戦うのはやめよ?」
そう言いながらも陽向の右手は火の球を投げ続ける。
「そうよね。最初からなんか変なテンションだったもんね。やめようよ」
氷翠は応じながら氷柱を発射。同時に陽向の足を氷で固め、機動力を奪った。
「これで、やめにするね、陽向。また明日学校で」
氷翠の頭上に剣山が精製されつつある。なんか長い名前の必殺技だ。準備が整った氷翠は、さしたる感慨もなさげに両手を振り下ろした。
動けないながらも、陽向は罵倒拳の構えに入っている。襲いかかる巨大な剣山を陽向の罵倒が迎え撃った。
「この、アカの手先のオペラ豚ー!」
耳をつんざくような炸裂音が響き、剣山は砕け散った。そして勢いを増した炎は氷翠の跨るユニコーン、ユニっちへと襲いかかる。
ヤカラもんがまん丸の手で拳を握った。フルメタル・ジャケットのビデオを強引に鑑賞させた成果が出たのだ。おそらく陽向は罵倒の内容を理解していないと思われるが、「とりあえずこれから言っとけ。少しだけ変えてな。フェをペに変えてな」と指導したのはヤカラもんであった。
ユニっちは後ろ足のみで急に立ち上がる。氷翠を自分の背中から落下させ、己の身一つで罵倒拳を受け止めた。
「ゆ、ユニっちー!」
氷翠の悲鳴が上がる中、燃える白馬は大きくいななき、灰となって消えた。泣きわめきながらユニっちの灰を一握り掴んだ氷翠は、それに涙をこぼし、氷で封じ込めた。冷たい視線で陽向をにらみつけながら呪いの言葉を吐く。
「よくも。よくもあんな口汚い言葉で……」
その視線にたじろいだ陽向を、ヤカラもんが背越しにかばった。
「よくやった、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」
陽向は浮かない顔で固まっている。浮かれている状態とはいえ、ユニっちの最期のいななきが耳から離れないのだ。
「陽向、そのおかしすぎる威力、いつか持て余すわよ」
氷翠は、握りしめた氷に視線を落とし捨て台詞を吐いた。その背に陽向が声をかける。
「え? おかしいって……”弱すぎ”って意味よね?」
舌打ちで返された。後ろからもヤカラもんの舌打ちが聴こえる。
「お前、勝ったからって何してもいいとは限らんぞ。それは敗者への冒涜だ」
氷翠は最後にもう一度だけ舌打ちし、現実世界へと帰っていった。
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