画面の向こうで

 氷翠とのチャットで盛り上がっている陽向の目の前に立ったヤカラもん、左手で右手首を指し示し「時間を確認しろ」のジェスチャー。そういえばと壁の時計を見上げた陽向は絶叫しそうになった。慌てて声を抑え、チャットの終了を氷翠に告げる。


「に、2時間、電話回線使いっぱなし……。やっちゃった……」


 あうあうと小声でつぶやきながら陽向は机に打っ伏した。


「さっきから教えてやってたのだがな」

「時間を巻き戻すとか、できませんか」


 陽向の問に対し、ヤカラもんは見事な無視で応えた。


「メールを開けろ。そして何も考えずにリンクを踏め」


 何も考えず言われた通りの行動をし、赤い光に包まれた。


 すきかいに投げ出されると同時に、陽向は異変を感じ取った。寒さは感じないが、濃い冷気が体にまとわりつくような錯覚すら覚える。白い霧で数メートル先が見通せない。


「ここ、冬とかあるんですか?」

「当然ある」


 ヤカラもんは落ち着き払った声で冷静に答えたが、


「けどこれは異常だ。寒くて死ぬ」


 と言って陽向の腰にしがみついた。


「やっぱりお前温かいな。そこらへんの地面になんとなくいい感じの火をつけてみろ」

「木とか燃えるもの、ないですけど」

「使えねえな」


 使えないとまでこき下ろされ、さすがにムッとした表情で陽向は返したが、確かにこの寒さを生身で体感したら我慢はできないはずだ。陽向は銀色のマントを外し、ヤカラもんの体に巻き付けた。


「これで我慢してください。で、今日は何をさせるおつもりで?」

「知らん。隙魔界からメールが来た。そうしたらこの有様なのだ」

「誰かが送ってきてるんですか。そのメールは。同じホストってことですよね」

「それはそうだろう。細かいことは知らんったら知らん」


 進展のない会話をしている間も、寒さは更に厳しくなっている。そして、その原因は白い霧にまぎれすぐ近くまで近づいていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



 五十嵐いがらしすいは焦っていた。1時間前に送ったメールを陽向がなかなか確認しないからだ。メールを開けばチャットは即時に終了するはず。パソコンの前で氷翠は時計を何度も見上げ、独り言をつぶやく。


「届いてるよね、メール」


 その独り言に返答があった。


「届いてるはずです。チャットに夢中で気づかないのでは」


 口調にそぐわない変声期前の少年のような高い声が、パソコンの横に置かれた白馬のぬいぐるみから発せられていた。ユニコーンであることを示す、小さな角がついている。


「そうよね、その可能性はあるよね」

「チャットで教えて上げればよろしいのでは?」

「それは野暮。楽しみがなくなるってものよ」


 にたりと氷翠は笑った。14歳にしてはやけに大人びた笑いである。


「けど、早く気づいてよ、陽向。電話代でパパに怒られるのはもう嫌なのよ」


 だがパソコンの前で漏らした切実な祈りは14歳の少女そのものだった。

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