点差24
学校へ向かう
とぼとぼと歩く。カバンから小さな声が響いてきた。
「背中丸めずに胸を張って歩け。姿勢は重要だぞ」
「喋らないでください」
顔の高さに上げたカバンに、5センチメートルほどのキーホルダーが付いている。もちろんキーホルダーではなく、リビングツールT号改めヤカらもんである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
昨晩、自分の部屋に戻ったあと、陽向はさまざまな説明を受けた。
10年以上前に現れた歴代最強のババマギアのおかげで急進派の勢力が弱まっていること。
自分の上司が最近高齢のため、具合が良くないこと。
ババマギアは現実世界でも身体能力が上昇すること。
そして、陽向の周囲の人間に危害が加わる恐れがあること。
死ぬと現実世界では抜け殻のようになるから、命をかけて戦え。
といったことを、筆箱ほどのサイズになったヤカラもんは、さも当たり前のような顔で話した。
机の上で、何かのマスコットのように。
「それ、脅しじゃないですか!」
「脅しているわけではない。真実だ。だからお前は戦うしかないのだ。やれーっ」
未だ決意が固まっていない陽向は思わず顔をしかめる。いきなり命をかけて戦えと言われ、はい分かりましたと武器を構える人間などいないだろう。
「私じゃなきゃダメなんですかね?」
「選ばれる基準はよくわからないが、この時代、お前以外に務まる奴はいない。やれーっ」
「けど、運動神経悪いし、度胸ないし……」
「そのうじうじと腐りきった自己評価の低さが、幾多の経験によって覆されることを期待している。やれーっ」
「あんな格好、恥ずかしいし……」
ファイアーパターンのセパレート水着を思い出し、陽向は頭を抱えた。
「やれーっ。ごちゃごちゃ言わずにやれーっ」
「……眠いんですか? もしかして」
極端に語彙が乏しくなってきている異世界のナビゲーターに問いかける。
「やれーっ」
一声上げてヤカラもんは動くことも声を上げることもしなくなった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
学校に到着し、自分の席に座った。ホームルームが始まるまで、まだ少し時間がある。友人たちと挨拶を交わしながらも、その顔は暗い。もしかしたら自分が巻き込まれた何らかの異変のせいで、友人たちに危害が加わるかもしれないのだ。何か起きた時、何もなかったような顔をできるほど、陽向は大人になっていない。
「なんか暗いけど、具合悪いの?」
「ひゃっ!?」
「わっ!」
ふいに肩を叩かれ、素っ頓狂な声が出た。肩を叩いた
「ごめん。ちょっとぼーっとしてたから」
陽向はずり落ちたメガネを直しながら友人に言い訳をする。
「自分で『ぼーっとしてた』って、相当ぼーっとしてたってことだよ? 他人が見たら抜け殻だよ?」
「ああうん。そうだね。自分でもおかしいって今気づいた」
二人は顔を向けあって笑った。快活ではっきりした物言いをする氷翠は、陽向と対象的な性格だが気が合うのだ。
二人の仲を結びつけたのは、共通の大ファンであるバンド「HOLY-TONK」である。使用時間によっていくらかかるか分からない大人の手段、パソコン通信を駆使してでも情報を仕入れたいと思う情熱も共通していた。
「あれ、キーホルダーなんかつけてたっけ」
氷翠は陽向のカバンについているヤカラもんキーホルダーを手に取った。
「あ、ドラ……じゃないね、目つき悪いね。かわい……くもないね。なんだこれ」
「86点」
ヤカラもんは何の前触れもなく低い声で謎の点数を口にした。驚いた氷翠がパッと手放すやいなや、陽向の手が空中でそれを捕まえ机に叩きつけた。
「なんか喋ったね、それ」
「た、たまに言うんだ。占いみたいなものだよ。アハハ……。ちょっとトイレ行ってくるね」
「もう先生来るよ? あ、あと、夜10時にチャットやらない?」
「うん、わかった。すぐ戻るから」
カバンを手に、陽向はトイレまで走った。鍵を締め、顔の高さまで上げたヤカラもんを強めに握る。
「喋らないでくださいって、言いましたよね」
「すまん、つい」
「なんですか、あの点は」
「女としての点数だが」
お、臆面もなく言い切りおった……と怯んだ陽向に飛んできた言葉は、
「さっさと小便済ませて教室に行け、この62点めが」
というデリカシーもへったくれもないものだった。
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