急襲

「あのな、お前な」


 青くて丸くて親しみやすい形状のそれは、低くてしゃがれて親しみやすさの欠片もない口調で言った。


「まず名乗れや」

「あっ、すいませんすいません。私、陽野宮陽向と言います。お怪我はなかったですか」

「一回死んだって言ってんだろうが」


 深々と頭を下げた陽向は、更に深々と頭を下げさせられた。謎の生命体のまん丸な手で頭を抑えつけられたのだ。

 しかし、ここはゲームの世界。死んだところで残機が一つ減るだけ。そこまで悪いことしたかとの疑問が首をもたげた。


「あの、あなたは生き物……なんですか?」

「さっき言ったろうが。飲み込み悪いな。リビングツールT号。好きに呼べ」

「じゃあドラ」

「お前のお目付け役って言ったが、それは理解したか」


 陽向の提案を強引に遮ってリビングツールT号は質問をした。


「いえ、全く理解してませんが、要はチュートリアルのキャラですよね」

「何言ってるんだババア。現実から目を逸らすな」

「ババ……」

「これのどこがゲームだ」


 寂寥とした大地を見据え、リビングツールT号は太い腕を組んだ。


「あの、いくつかお聞きしたいことが」


 その背中に、陽向はおずおずと声をかける。


「なんだ」

「さっきからババアって言われてますけど、私まだ14なんですが」

「おれの考えでは、下のおくちが血ィ吹いた瞬間からババア」


 思わず聞き間違えたかと勘違いするほど下品な言葉で断じた。


「何だその顔は」

「あ、あ、えと耳を疑って。あと青くて丸くて、目つきだけは悪いですけど、どう見てもドラえ」

「おれらナビゲーターってのは、人間の気に入りやすいように外見が変わる。時代の変化もある。それだけのことだ。好きに呼べとは言ったが、名前はお前が考えろ」


 それよりも先に、と陽向は気になっていたことを問いただす。


「あの、火。手から火が出るんですが」

「そういう能力なんだろう。自分を巻き込まないようにするんだな」

「え、自分の炎でダメージ受けるんですか!?」


 リビングツールT号は呆れた様子を隠そうともせずに答えた。


「そりゃあお前、当たり前だろ? 逆に聞くが、なぜ自分は大丈夫だと? 都合良すぎないか? 包丁で手を切ったことないのか」


 陽向は黙ってうつむく。


「気をつけろよ。そういううぬぼれはぞ、ヒーローさんよ」


 顔を上げた。


「ヒーロー?」

「歓迎しよう、おれたちのヒーロー、みや陽向ひなた。趣味はパソコン通信と音楽鑑賞」

「あの、ヤカらもんさん、別にヒーローなんて、そんなのやる気はないんですが」


 心の底から驚いた表情でリビングツールT号は固まった。


「とりあえずここから出してもらえれば……」

「え、お前戦う気、ないの!?」

「理由とメリットが……」


 ないのでやらない、とまで言い切れないあたりに陽向の気弱な部分が現れている。陽向からしてみれば、なぜ急に訳のわからないところへ連れてこられエラそうに説教された挙げ句、やりたくもない戦いに身を投じなければならないのか、不思議でならない。


「おかしいな、この世代はヒーローとかそういう言葉に弱いんだけどな」


 おっかしいな、おっかしいなと首をひねっているナビゲーターに背を向けた。どこかから帰ろうとしたのだ。

 目の前に巨大な壁があった。どうやら人型の物体のようだ。右手が上がる。その先には大きな剣が握られていた。


「なんですか、これ」


 陽向の声に顔を向けたリビングツールT号が声を上げた。


「敵だ敵! 逃げろ!」

「え」


 人型の物体が右手を振り下ろした。

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