ババブラ・アルティメイタム

罵倒拳暴発

 つー、ぽぱぱぴぽぽぱぱ、きゅいっぴーや。

 きゅいいいいいひひいいいい、もっもっ。

 ざあああああぷっざああああぷっざあああああん、


 ぼぼぼぼぼぼぼおおおお。




 ダイヤルアップ接続がうまく行った。

 眼鏡越しに映る14インチの画面に目を凝らし、みや陽向ひなたはキーボードに細い指を伸ばす。できるだけ短い時間で済ませないと、電話代の請求書を確認した親に大目玉を喰らうのだ。

 目的は、パソコン通信の中の掲示板、大好きなビジュアルバンド「HOLY-TONK」のフォーラムである。最新アルバムの感想を、一言だけでも言わなければ気がすまない。

 学校で気の合う仲間がいない、というよりも自分の趣味をさらけ出すことに抵抗を感じている14歳の陽向、ハンドルネームひなったーにとって、パソコン通信の掲示板だけが大声を出せる場所だった。


 目的のフォーラムにたどり着き、考えていた文章を入力する。


 ひなったー >4曲目のシータケのギターがすごかったです


 たった20文字ではあるが、言いたいことは言えた。またもどりますの挨拶も入力し、一旦通信を切ろうとトップ画面に戻った時、


 メールが届いています


 の文字が目に入ったのである。

 同じフォーラムに電子メールのやりとりをするような間柄の人はいない。だとすると誰からだろうと陽向は訝しむ。開かないほうがいいものだろうか。

 だが早く通信を切らねばと焦る心が、メールメニューへと指を運ばせる。ダウンロードしてからゆっくり確認すればいいのだ。



 開封したメールに宛先はない。本文には2行。


「新ババマギアの誕生日を祝して」


 そしてその下にある何かしらのアドレス。


 たったのそれだけだった。

 もしかしたら、自分の誕生日が明後日ということを踏まえた、両親からのプレゼントなのかもしれない。ババなんとかという見慣れぬ単語に不穏なものを感じつつも、好奇心が勝った陽向はアドレスをクリックした。


 パソコンの画面が赤くなったと思った次の瞬間、陽向は赤銅色の地面がどこまでも続く大地に立っていた。立ち尽くしていたという方が正しい。

 周囲を見渡すと、少し離れた位置に大きな建造物がある。それ以外は土と岩の世界だった。


「……ゲームなのね、多分」


 ゲームの世界に入る技術が確立されているとは知らなかった陽向は、現実から目を逸らして状況を楽しむことにした。

 普段よりも目がよく見える。メガネは現実世界に置いてきたようで見当たらないが、何も不自由はない。体も軽い。今なら50メートルを9秒で走ることもできそうだ。運動音痴の彼女にとって、そのスピードは限りなく魅力的だった。

 地面に手を置き、クラウチングスタートの体勢をとる。手の平に砂利の感覚が伝わり、あまりのリアルさに目を見張った。そして前を向き、スタート。


「うわわわわわ!」


 自分でもわかる。これは、風の速さだ。飛行機が空へ飛び上がる時のスピードだ。思い切ってジャンプする。


「わーっ」


 20メートルほどは飛んだだろうか。足に伝わる衝撃は普段の幅跳び程度のものだが、その距離は想像を遥かに超えていた。

 ゲームでの疑似体験とはいえ、ここまで来たら楽しまなくては損だろう。そう考えた陽向は、膝をかがめ、右側の腰の横に両手を構えた。そして何かを押し出すような仕草をしながら小声を出す。


「出るかなぁ、とうけん


 罵倒拳とは当時流行していた格闘ゲームのキャラクターが使用する必殺技である。対戦相手が泣きながら包丁を振りかざしても仕方がないような罵詈雑言を浴びせつつ生体エネルギーを照射するその技は、小学生なら誰もが真似したことがあるほどのポピュラーなものだった。そして、残念なことに陽向もそのクチだった。

 だが、そこまでの罵詈雑言がとっさに思い浮かばない陽向は、とりあえず何か叫ぶことにしたのである。


「こ、この……」


 両手に力を込める。赤面しているところをみると、さすがに恥ずかしくなったのかもしれない。

 本来は悪口を叫びながら両手を突き出す技であるが、天性の運動音痴が災いし、言葉のみが先に口をついた。


「このバカー!」

「何やってんだ?」

「ギャー!」

「ウギャーーーッ!」

「キャー!」


 このバカとわめいた陽向の背後にいた何かが急に声をかける。驚いた陽向が叫び声を上げながら背後を振り向き両手を突き出す。両手から出た炎の渦が何かを焼いて断末魔発生、理解が追いつかずにとりあえず悲鳴を上げる、という4コマ漫画のような状況だった。


 あまりにもリアルな断末魔に、陽向は恐れおののいた。何かの命を奪ってしまったのかと思ったのだ。ここがゲームの世界という考えは頭から消え失せ、殺人、押し寄せるマスコミ、少年院、一家離散、青木ヶ原樹海、生まれ変わってカタツムリ、といった絶望的な単語の概念しりとりに追われている。


「お前が次のババマギアか」


 ぷすぷすと焼け焦げた何かが、ひどくしわがれた人間的な声を発した。動いている。生きている。

 涙を流すほどに安堵した陽向は、それに駆け寄り抱え上げた。軽い。


「気安く触るなババア。一回死んだぞ」


 陽向の腕を蹴るように離れたそれが、赤銅色の大地に降り立ち名乗りを上げた。


「おれはリビングツールT号。ババマギアのナビゲーターだ。早い話、お前のお目付け役だ」


 青くて丸くて親しみやすい外見とは裏腹に、その態度は傲岸不遜といったそれである。


「こっちが名乗ったんだから名乗れ。殺しておいて詫びもねえのか」

「あっ、あっ、殺してすみません、あっ」


 連続で驚きすぎた為に思考能力を失った陽向は、言われた通りに詫びを入れた。

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