ダメージ描写に気を使う

「シズヱには必要ないと思うんだけどね」


 リキューはぬめりと黒光りする実体を仏間に現しながら、唐突に言った。


「ババマギアはエーテル体だから、若返ることもできるよ」

「ほう、それはそれは」


 ちゃぶ台でお茶を飲みながら静江は興味なさげに答えた。視線の先のテレビには電源は入っていない。エーテル体という言葉に聞き覚えはないが、察するに魂魄やキアイといった内面的なもののことなのだろう。


「しわが何本か減るのかえ」

「ババアも少女になれるんだ」

「説明する気があるのかえ、ないのかえ」


 リキューはちょろちょろと徘徊しながら、面倒くさそうに話しだした。


「テレビの中で戦っている最中は、自分の望んだ年齢に若返ることができるんだ。だけど少しだけ気力を使うから、あまりおすすめしないね」

「いや、できるものなら12歳。最悪でも16歳くらいになるべきだろう」


 静江は提案し、


「絵になる」


 と短く断言した。


「気持ちはわかるんだけどね。シズヱの必殺技はタバコを使うじゃないか」

「ああ」

「16歳の少女が敵を半殺しにしてこんじょ、ブラッドトラックスでとどめを刺すというのは、コンプライアンス的にいかがなものか」

「コンプ……なんだって?」

「法令遵守的にノーグッド。もう少し経ったら『積木くずし』だって放送禁止になるよ」


 なぜか周囲を気にするリキュー。


「じゃあ、24歳くらいならどうだえ」

「ただのチンピラじゃないのかい」

「28歳ならいいかえ」

「ずいぶんがっついてるね。なぜさっきから4年で区切るんだい。若返りの長所は一点だけだよ」


 言葉を切り、リキューはテレビの上に飛び乗った。


「テレビを観た人間に、シズヱだと気づかれないためさ」


 静江は頭をかき、首を回してからお茶を一口飲んだ。そして震える手でマイルドセブンに火を点ける。


「するってえと、あれかえ」


 煙とともに絞り出した声も震えていた。


「あたしがやったことってのは、誰かが観てるってことかえ」

「あくまでこの家の、このテレビでしか観れないけどね。誰もいなければ問題ない。いきなり家に来るのなんて、新聞か宗教の勧誘か、百科事典の訪問販売くらいだろ」


 ちゃぶ台に手をついてゆっくりと立ち上がった静江は、仏壇へ向かってなむなむとお経を上げる。


「何を願ったんだい?」


 しばらく手を合わせた後に、静江は小声で応えた。


「何も願っちゃいないさ。許しを請うたんだよ。とんでもないもの見せちまった」

「ただの抜け殻じゃないか。見ちゃいないよ」


 一瞬だけ目がつり上がったが、静江は平静をつとめた。


「いや、見てるんだよ」

「何も感じないけど。誰の抜け殻なんだい」

「夫だよ。もう40年も経っちまった」


ふーん、とリキューは気のない返事を返す。


「もしシズヱがダメージを負った時、ババアの姿のままだと色々ショッキング極まりない。ていうか迷惑。だから戦いに影響が出ないくらいなら若くなってもいいんじゃないかな」

「仏様の前でそんなことを言うんじゃないよ」


 静江は線香に火を点け、おりんを小さく鳴らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る