第18話 ポッキーと仲直り
翌朝。
「あっ」
「……おう」
玄関を出て、しばらく進んだところで、俺はギターケースを背負った少女と偶然出会した。
いや、偶然、ではないか。多分、彼女は最初からそのつもりでそこにいた。俺がどの道を通って学校に通っているのか、よく知っているはずだ。なんせ付き合いだけは無駄に長い。それに俺だって、樹里がどの道で学校に行くのかなんてこと知っている。
樹里はこちらを見て、俯いて、また顔を上げて、なにか言おうと口を開きかけて……最後に困ったような表情で途方に暮れたかのように黙り込む。背中のギターケースをどこかもどかしげに背負い直して、ぎゅっぎゅとまぶたを二回、閉じては開いた。
それから、片方の頬をぷくり、膨らませる。不満げな、文句を言いたげな表情にも見えるが、彼女がこの表情になる時は大抵、言葉が見つからなくて困っている時だということを俺は知っていた。
「……チッ」
俺は俺でもどかしいような感じになってしまって、口の中で思わず舌を鳴らす。不機嫌、というよりは、俺もちょっと言葉が見つからなくて困っているだけだ。
結果的に俺たちは、三メートルほどの距離を挟んでだんまりを決め込んだまま向かい合う形になっていた。ざわり、と吹いてきた風が道路に面している生け垣の葉をさわさわとそよがせる。暴れかけた前髪を、樹里がとっさに手で押さえた。
風が止んだところで、俺は黙って歩き出す。樹里の脇を通り抜けて進むと、後ろで「あ……」という声がした。
足は止めないままチラリと後ろを振り返ると、樹里は後からついてきているようだった。俺が振り返っていることに気づいた樹里が、ちょっと気まずそうな様子で視線を斜め下へとやってから、気を取り直した様子で顔を上げる。
視線が絡み合う直前で、俺は進行方向へと向き直った。
二、三分ほどそのまま歩き続けると、馴染み深い、青い看板の建物が見えてきた。コンビニである。俺は道を外れてコンビニの中へと入っていった。
横目で確認してみると、樹里は中までは入ってこず、コンビニの前でぽつねんと佇んでいるようだった。俺が出てくるのを待っているのだろう。明らかに、そんな感じである。
目当てのものを買ってコンビニを出ると、樹里がハッと目を向けてくる。それから、いつもあざとく可愛く計算され尽くした表情を作ってみせる彼女には似つかわしくない、不器用な笑顔を浮かべてみせた。
なんとなく、俺は思う。多分、樹里のこういう笑顔って、俺と、あとは正人とかぐらいしか見たことないよなあ、と。樹里って、あれだ。学校では割と有名な、可愛いとかなんとかって評判の女子で、本人もそのことを自覚してけっこう
だから普段の、学校での樹里は、こんな風に不器用に笑ったりしない。気まずそうに視線を逸らしたり、どこか臆病な感じにモジモジとしてみたりしない。今、俺のことを見ていながら、言葉を探して口を開いてはなにも言えずに黙り込んだりしない。
彼女はそういうキャラじゃない。演じて、飾って、器用に笑う。少なくとも、学校のみんなが知っている樹里は、そんな風に作られている方の樹里だ。
でも、俺は知っている。
「樹里」
「あ……」
ポッキーの箱を樹里に押し付けると、彼女はぽかんとした顔つきでその箱を見て、そしてそれから俺を見た。
「昔から、好きだろ。これ。食え」
「……いいの?」
「いらねえなら返してもらうが?」
「……いる」
「そうか」
「いるもん」
「はいはい」
「返さないから」
「分かってるって。それから——」
樹里の顔の真ん中……要するに鼻を俺はつまんだ。
「むがっ!?」
「あんま、アホ面晒してんなよ。お前らしくもねえ」
「う、うるひゃいな!?」
「顔作れるようになってから学校来いよ。お前が元気なさそうな顔してっと、みんな心配すっからな」
そう言って、俺は彼女の鼻を解放する。
そのままその場を離れると、不意にポケットの中でスマホが着信を告げた。
取り出して画面を開いてみると、樹里からのメッセージが届いている。
樹里/Jury:仲直り。。。って思って、いんだよね?
そのメッセージを見て、フッと俺の唇が緩む。
笹原大樹:だってお前、ポッキー好きだろ?
樹里/Jury:まあ。。。スキだけど
笹原大樹:じゃあ、ありがたくもらっとけ
樹里/Jury:ん、あんがと
樹里/Jury:あといろいろごめん(>人<;)
笹原大樹:俺は心が広いから気にしてない
樹里/Jury:それゼッタイ気にしてるやつ(笑)
笹原大樹:うっせw
樹里/Jury:あ、ところで大ちゃん
笹原大樹:ん?
樹里/Jury:おひるにちょっと時間もらえる?? 大ちゃんにだいじな話があるんだけど
……大事な話?
って、なんだ?
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