第5話 みどりの窓口

「おい森畑。今日、お前いくら使ったんだ?」


 森畑と、もう一人の合コン参加者である竹林耕作(同じクラスの眼鏡ノッポ。自称・マッシュヘアがイケてるナイスガイ)の二人が合流してすぐに、俺は森畑を問い詰めることにした。


 今日来た三人の女の子は、いずれも美少女揃いときている。こんなきれいどころを、正人ならともかく森畑程度が集められるわけもない。


 だからその手の業者かなにかに金でも払って依頼したのだろうと、当たりをつけたのであるが……。


「ばーっかそんなんじゃねーって! なんだよもーっ、そうやってサッちんまで俺のこと疑う系~?」


 と、あろうことか森畑容疑者は容疑に対して否認の姿勢。


「こんなの信じる方が難しいわ! つーかサッちんってなんだよサッちんって! キモい呼び方すんな!」


 当然、俺は俺で素直に信じられるわけもない。気勢を荒げつつ、ついでに呼び方に対する抗議も兼ねてさらに詰め寄ろうとしたところで……。


「ぷっ……くすくすっ、も、もう耐えらんない~」


 そんな笑い声が、俺と森畑の口論に水を差した。


 笑い声の方向へと顔を向けてみれば、そこには椎川悠々と名乗った少女が、体をくの字に折り曲げておかしそうに笑っている。


「さすがにわたしも、お金で雇われて呼ばれたなんて思われるのは予想外だよ~。そういうお仕事の人みたいにそんなに見えるかな?」


 そう言いながら椎川が連れの二人に小首を傾げてみせると、彼女たちは真面目な顔つきで、「ないない」「いや、ちょっとあるかも」「確かにそう言われてみれば……」「お水っぽくもなくはないような気がしなくも……」とコメントをこぼす。


「な、ないから~!」


 からかわれた椎川がそう抗議するも、「はいはい」「そういうことにしといてあげるね」「とりあえずは、うん、ないってことで」「あるけどね」「あるある」「分かる」などと流されていた。


「愛と夕羽ゆうの二人はもーぅ!」


 プンスコと怒ってみせる椎川は、しかし悲しいかな、相手にされていない。なんだかこのやり取りで、椎川がいじられキャラっぽい立ち位置にいることが分かってしまった。


「もういいもんっ」


 結局、相手にしてもらえなかった椎川は、連れの二人からは目を逸らすと今度はこちらに向き直る。


「と、いうわけでぇ~……とりあえずなんだけど、お昼ごはんと自己紹介的な交流を兼ねてファミレスかどっかに行かないかな?」


「おっけおっけ~。俺ちゃんもさんせーい! もち、竹やんも笹ピーもそれでよさげだよね?」


「フッ……僕もそれで構わないさ」


「ああ。俺もいいけど……」


 竹林。お前、なんでそこで無駄に眼鏡クイッてさせてんの? 別にそれカッコよくないからね?


  ***


 そしてファミレスへと移動して、一通りの自己紹介を終える。


 自己紹介といっても簡単なもので、名前と学校を簡単に述べる程度のものだ。おまけに、椎川は別として、残りの二人――ショートカットで小柄な子と、背の高いロングの子は、名乗ったのは下の名前だけ。しかも、


「あたしと彼女は愛と夕羽で~す」


「二人そろってアイラブユーでーすっ!」


 なんていう名乗り方をしたものだから、どっちが愛でどっちが夕羽なのかも分かりやしない。


「あのさ……どっちが愛さんで、どっちが夕羽さんなのか分からないんだけど」


 と、訊ねてみても、二人はそろって侮蔑の視線。なぜだかこちらを非難する調子で、


「そんなこと聞いてくるなんてやらしいです」


「ひどい人ですね。セクハラです」


 なんてことを言ってきた。


「……いや、でもさ。そんな、ユニット名みたいな名乗り方されても、こっちとしては困っちゃうっていうか……」


「いいじゃないですか、ユニットでもなんでも」


「どっちが愛でどっちが夕羽でも、別にどうでもよくないですか?」


「いや、どうでもよくなくは――」


「だいたいそちらの三人の方が、よっぽどユニットっぽいじゃないですか~」


「そーですよっ! 『笹』に『原』に『森』に『畑』に『竹』に『林』なんて、緑豊かな大自然じゃないですか。みなさんの名前聞いた時、みどりの窓口だーって超思ったんですよ?」


 みどりの窓口て。


 げんなりする俺に向かって、なぜだか愛&夕羽はしたり顔。


 なかなかにいい顔で、


「これから、このユニット名を使ってもいいですよ」


「名付け親はアイラブユーでしたー! ぱちぱちー!」


 嬉しそうに小さく指先で拍手までしていた。


 なかなかに個性的なノリを前に、言葉もなく呆気に取られていると、「フッ……」と眼鏡をクイッとさせながら竹林が口を挟んでくる。


「分かったぞ、笹原君。これはつまり、あれだよあれ」


「……どうせまた、ろくでもないこと言うんだろ」


「ろくでもないとはとんでもない。つまりだね、愛君、あるいは夕羽君と付き合うということは、二人のどちらとも付き合うということになるのさ。端的に還元すると、これはすなわち両手に花のアタックチャンスが――」


「いやそれはないです」


「キモいです。普通にあり得ないです」


「フッ……」


 全部言い切る前に断言されて、竹林はニヒルな笑みを浮かべながら黙り込む。


 そんな俺たちのやり取りを眺めながら、椎川は、


「あははっ、うひゃひゃひゃ……あ、なんか笑いすぎてお腹痛……」


 なんて、腹を抱えて笑い転げているのであった。

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