第22話 ちょっとそこのカレシー
その後、俺たちは映画館で映画を観た。アニメ化もされたコミックが原作の、深淵の底を目指す少年少女の冒険譚。過酷な世界で生きる彼らは、苦難を乗り越えてもなお、さらに『深み』を目指していく。
きっと、映画の内容はとても良かったのだろうと思う。正人と睦月が、映画の終わった後に寄った喫茶店で、まだ興奮の残った様子で内容について語り合っていたから。
でも俺はその内容をよく覚えてはいない。
冒頭で、虫が人間の体を生餌にして、巣を作っていたことだけは覚えているのだけど。
***
映画を観て、喫茶店によって、服や雑貨をひやかしながらモールの中を歩き回って。
そんな風に遊び回って、時計の針が六時を少し回った頃。俺たちは、モールを後にしていた。
「やー、久しぶりにみんなで遊んだけど、楽しかったな!」
少し人通りの少なくなり始めた道は、傾いた日差しでうっすらと赤らんでいる。そんな道を、真ん中に睦月を挟んで三人で並んで歩きながら、正人が楽し気に口を開いた。
「そうですね。私も楽しかったです」
そう言って微笑みながら、睦月が正人の言葉に賛意を示す。二人の表情は、どちらも明るい。楽し気で、朗らかで……そんな明るい気持ちに水を差すのは、とても罪深いことなのではないかという気持ちになってしまう。
二人をこうして見ていると、決意が鈍っていくのを俺は感じていた。
今でなくてもいいのではないか?
これまで通りでもいいんじゃないのか?
俺が気持ちに蓋をし続けるだけで、これまでの関係を続けられるのではないか?
無理に関係を変えようとしたら二人を傷つけてしまうのではないか?
そんな風に、悩んで、迷って、足踏みして、やっぱりやめようと思い直して――、
「また遊ぼうぜ。みんなでさ」
思考の隙間を縫うようにして、正人が告げたそんな言葉で、俺はやっぱりやめるのをやめた。
「悪いけど……
俺の告げた言葉に、正人と睦月がきょとんとした目をこちらに向ける。
そんな二人の顔を見て、俺は思わず苦笑を漏らしてしまった。そうだよな。わけ分からないよな、いきなりこんなの言われても。「え、なに言ってんの?」みたいな反応しちゃうよな。それが当たり前だよな。
口にしてみれば、あっけなかった。「
「またはないって……なに言ってんだよ、大樹」
正人が訝し気にそう問いかけてくる。
「前にも言ったはずだろ。オレと睦月に気を遣っているんなら……そんなのは、別にさ」
「気を遣ってるわけじゃねえよ。ただ……わりいな、もうちょっと色々と無理だ」
「無理って、はあ? いったいなにを……」
「睦月」
正人の言葉を無視して、俺は睦月へと目を向ける。
これ、言っちまっていいのかなあ。なんていうか、言うの気が引けるんだよなあ。正直、二人にとって迷惑なだけなんじゃないか、なんてことを思ってしまう俺もいるのだよなあ。今ならワンチャン、「わりいわりい、全部ジョークだっての。ほんっとお前、すぐに人の言葉を信じ込むよなあ」とか言って、これまでの流れをなかったことにできたりするんじゃないだろうか?
無理か。
まあ、無理だよな。無理だよ。だって俺が無理だ。なんていうか、それこそ、うん、ほんとに、色々と。
だから。
「先に謝っとく。ごめんな、睦月」
「……へ?」
「俺はお前のことが好きだよ。ずっと前から」
「……え?」
「好きってのは、恋愛的な意味で、な。だから、まあ……
言葉を告げられた睦月の表情が、こちらの言葉を理解するにつれて、少しずつ儚げで、切ないものになっていく。
それはまるで、どこか見捨てられた子どもを思わせるような、狂おしいほどに泣きそうな顔つきで。
そしてそんな顔で彼女は呟くのだ。
「……あるものなんですね。タイミングって」
――などと。
その言葉の意味までは、俺には分からなかったけど。
でもきっと、これでまた歯車同士は噛み合うことになるだろう。大きな歯車と大きな歯車を繋いでいた、小さな歯車の役割はもう終わったのだから。
歪んで壊れる前に終わらせることが、俺にできる最後の仕事で。
「好きって……はあ!? ちょっと待て、大樹、おい!」
立ち去る俺の背中に聞こえてくる正人の声は、聞こえなかったことにする。
『二人と一人』になった今だけは、一人きりになりたい気分だったから……。
***
だってのに、さ。
「ウィッスウィーッス!」
「……うわぁ」
そんな俺を待っていたのは、ポッキーをぽりぽりとかじりながら、あえて作った媚びた顔。
好きな女の、彼氏の、妹。
向居樹里。
「ちょっとそこのカレシー。もし今暇なら、これからあたしとデートしなぁい?」
……こういう時ぐらいは、静かに浸らせてほしいんですがねえ。
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