第21話 いつも⇔いつまでも

「わりぃ、待ったか?」


 睦月をからかっているうちに、正人もそう言って合流してきた。


 迷彩柄のチノパンに黒のポロシャツといったシンプルないでたちであるが、ガタイのいい正人だとそんな恰好でも様になる。派手さはないが、爽やかだ。


「なんというか……正人。お前って、ほんと、得だよな」


「……? 得ってなにがだ?」


「カッコつけなくても、ちゃんとカッコよく見えるところが、だよ。男の敵だな」


「……それは、つまり、褒めてくれてるってことでいいのか?」


 難しい顔つきで正人が首を傾げる。相変わらず、まるで皮肉の通じない男であった。


 それから正人は、睦月の方へと視線を向ける。


「悪かったな、上月も。待たせたか?」


「いえ……私も大樹君も、ついさっき着いたところですから」


「そうか。ならよかった」


 そこでチラリと、正人が睦月の服装へと目を向けた。


 その目の動きに気づいた睦月が、なにかを期待する素振りで正人を窺う。


「えっと……」


「…………」


 ポリポリと頬を掻く正人。黙って言葉を待つ睦月。


 そしてやがて、口を開いた正人の言った言葉は、


「これから映画観に行くんだったよな。先にチケット、買いに行こうか」


 という、(睦月からすれば)なんとも期待外れなものであった。


「おい、待てやこの色男」


「いでっ!?」


 俺が文字通り尻を蹴っ飛ばすと、正人は蹴られた場所をすりすりとさすりながら、「なんだよ」とでも言いたげな目を向けてくる。


 なんと間抜けな絵面であろうか。せっかくのイケメンもこれでは台無しであった。


 やれやれまったく……と肩を竦めてみせながら、俺はそんなイケメンに一つのクイズを出すことにする。


「さぁ~、ここで参りましょう。大事な大事な、アタックチャ~ンス」


 拳をギュッと握りしめ、低めに作った声で重々しくそう告げる。


 いきなりのことに、当然ながら正人は、


「は? なにをいきなり……」


 と狼狽えてみせるが、そんなものは些事である。よって無視。未だ尻を押さえたままの正人に向かって、出題を続けることにする。


「突然ですが問題です」


 じゃじゃん♪ という効果音は頭の中で勝手に鳴らす。


「恋人と出かけることになった、とあるお姫様がおりました。そのお出かけには、余計なお荷物ことコシギン・チャックもついてくるとはいえ、恋人同士の逢瀬には違いありません。そのためお姫様は、恋人に喜んでもらおうと、服やおめかしに気を配って、期待に胸を膨らませながら待ち合わせ場所で待っておりました。さあ、そんな彼女に対して、恋人=マサト・サンが最初にかけるべき言葉といえば?」


「そ、それは……」


 俺の出した問題に、正人が視線を泳がせる。だが、自然とその目は睦月の方へと向けられた。


 すると睦月が照れ笑いを浮かべる。服の裾を指先でつまむようにして握りながら、小さな声で、「ど、どうですか?」と言ってくる。


 正人が顔を真っ赤に染め上げるのは、ほとんど降参の宣言に近いだろう。そんな風にして熱くなった頬を、正人は顔を伏せるようにして両手で覆い隠した。


 そして。


「はい……か、可愛い、です」


「か、か、かわわ……」


「かわわいいです……服も……あとは、髪とか、いやもう、ほんと……」


「そ、そ、そうですか……」


「おう……」


「正人君も、ええとですね」


「い、言うな!」


「は、はい?」


「今、なにか言われたら、どんな言葉であろうとオレは爆発する気がする!」


「爆発……え、爆発ですか? なんでですか!?」


「知らん!」


 そこでなぜだか、恨みがましい目をこちらに向けてくる正人。


 俺はそんな正人に、「へっ」と薄笑いを浮かべてみせると、


「おいおい、人前でラブコメしないでくれないか? 空気読めてないにもほどがあるだろ」


 そうやってわざとらしい口調で煽ってやる。


「っ、け、けしかけたのは大樹の方だろう!?」


「まさか、こうまで人目を憚らずにいちゃつきだすとは思わなかったからな……」


「そう思ったから、オレもさっきは自重しようとしたんだよ……。大樹がいるのに、上月と二人の世界を作るわけにもいかないだろう」


「結局、二人の世界に浸ってしまったことについて、なにか一言」


「それについては特にないけど……言っておきたいことがあるとするなら、さっきのお前が出題したクイズ、一つだけ問題内容に間違いがあったな」


「間違いだあ?」


「ああ」


 うなずくと、間違いとやらについて正人が口にする。


「余計なお荷物ことコシギン・チャックって、問題の内容から逆算すると、おそらく大樹のことだろう?」


「そうだとしたら、どうなんだ?」


「どうもこうもねえよ。お前は余計なお荷物でも、腰ぎんちゃくでも、なんでもねえって。妙なところで卑屈になるなと、前から言ってるつもりなんだけどな」


 そう言いながら、乱暴に背中を叩いて正人が笑いかけてくる。


 こいつは、いつでもそうだった。


 中学時代に、俺が『女房役』として力不足だ、お荷物だと周りから言われている時も。


 高校に上がって、正人や睦月の腰ぎんちゃくだと誰からも陰口を叩かれている時も。


 そうした周りの発言に対して、ずっと『否』という言葉を返し続けている。俺のことを、ずっと対等の存在として扱い続けてくれている。


 ……そして、それをすることに、なんの疑問も抱かない。そういうことを下心もなにもなくできてしまうのが、正人という男なのだろう。


 そして正人がそういう男だから、俺は睦月を諦めることができるのだと思う。睦月にとって必要なのは、俺よりも正人のような明るさを持った男だと思うから。


「……別に卑屈になってるわけじゃねえよ。ユーモアだよユーモア。クイズってやつには、そういうのが必要だろ?」


「自虐的なのはオレは好かんな」


「そこは好みの問題ってことで容赦願いたいね。それより行こうぜ。上映時間も迫ってる」


 正人と睦月に背中を向けて、俺はモールに向かって歩き出す。


 すぐに正人が、俺の隣に並んでくる。そして少し後ろの方から、睦月が静かについてくる。


 いつもの位置関係。いつもの距離感。いつもの振る舞い。いつもの、いつもの、いつもの、いつもの――。


 いつも・・・は、でも、いつまでも・・・・・ではない。

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