第12話 言ってることよく分かんないんだけど

「……」


 樹里の言葉に、思わず俺は黙り込む。


 こちらに向けられた眼差しは思いのほか真剣な様子で、一瞬だが、やけに大人びて見えてしまった。


「……ハッ、んなマジんなんなって。真面目かよ、らしくねー」


 笑い飛ばそうとして、失敗した。出来損ないの笑い声が、耳障りな感じにその場の空気を乱す。


「先輩のそういうところは、ほんと、らしい・・・よねぇ~」


 元の口調に戻った樹里が、つまんなそうな声で言ってくる。


「らしいって、なにがどうらしい・・・んだよ」


「さぁーねえ? 樹里ちゃんわっかんないなー☆ ごめんねぇ~」


 謝る気などさらさらない調子で、ヘリウムガスより軽い謝罪を樹里は口にした。


「……いや絶対分かって言ってるだろお前。つーかそもそも、そっちから言い出したことじゃねえか」


「そうですけどぉ~? でもぉ~? 先に分からないふりをしたのは、笹なんとか大ちゃんパイセンじゃないすか~」


「チッ……ったく」


 口調は元に戻っても、存外、真面目モードは続行中らしい。聞きたくはないが無視することも難しい言葉を、ふざけた口調にズバズバ織り交ぜてきやがる。


 普段の、どこかふざけていて真面目じゃない樹里を知っている俺としては、彼女のそんな態度に思わず面食らっていた。


「とりあえず。やめようぜ、こんな話」


「またそうやってごまかす」


「っせえな。分かってんだよ、そんなことは。でもお前だって別にギスギスしたいわけでもねーだろ」


「そりゃ、そうだけどさぁ~」


「ここは頼む。見逃してくれ」


 そう言って頼み込むと、一瞬、樹里が複雑そうに顔を歪めた。


 だけどすぐにいつもの、だらけた感じの表情に戻ると、頭の後ろに両手を回す。


「……ま、大ちゃんがそう言って頭下げるんなら仕方ないっか。あーほんと、あたしっていい女ですわー」


「口と性格の悪い猫かぶり腹黒女のことをいい女と呼んでいいのなら、きっとお前はいい女なんだろうな」


「えー、あたしみたいな超ピュアッピュアで純真無垢な天使のように愛らしい女の子つかまえて、猫かぶりとか腹黒とかありえないんですけどー☆」


「お前、そういうところだぞ」


「そういうところが、どう天使だって?」


「天使は天使でも、黒い翼の生えてる堕天使だろ」


「ひっどぉい。あーあー、樹里ちゃん傷ついちゃったな悲しいなーぁ?」


「勝手にほざいてろ。永遠にな。……あと、まあ、あれだ」


「あれ?」


「ほら、いや……気遣ってくれたのは分かってるから。ありがとな」


「……ん」


 いつもの憎まれ口に紛れ込ませるようにして礼の言葉を口にすると、顎を引くようにして樹里がうなずく。


 その唇はなんだか少し尖ってて、俺になにかを訴えかけようとしているかのようだった。


 だけどすぐに、ふっと淡い感じに口元を緩める。その笑顔はなんだか、言いかけた言葉を飲み込んだようにも見えた。


「……ま、いっか。今日のところは」


「いっかって、なにがだよ」


「なんか、色々? 別に先輩は気にしなくていいよ。今言う必要のないものだから」


「……そうか?」


「こういう時に、あたしって、先輩と似た者同士だなーって感じるよね」


「俺はお前ほど口悪くねーよ。……ってか」


 ふと、吸い込まれるようにして樹里の背負っているギターケースへと俺は目を向けていた。


「前から疑問だったんだけどさ」


「んー? なぁに?」


「お前、ギター弾けんの?」


「いちおーね。ゆーてギタボだし、あんま難しい曲はまだ演

れないけど」


「へぇ。すげえな、お前」


「は? 唐突になに? なんなの?」


 なぜだか樹里が素の態度で驚く。いつもの作っているはずの声が、完全に地声を晒している。


 普段はオクターブのやや高い、媚びた声を作っている樹里だが、地声はどちらかというとハスキーだ。これはこれで聴き心地のいい声をしていて、俺としてはこちらの声の方が好みであった。


「なに驚いてんだよ」


「いや驚くって普通に。いきなり大ちゃんから褒められたら普通にビビるじゃん?」


「でもギター弾けるんだろ?」


「一応、まあ、何曲かは弾けるけど」


「かっけぇじゃねえか」


「……はあ?」


 わけが分からん、とばかりにパチクリと目を瞬かせる樹里に向かって、俺は思い付きで次のような言葉を言っていた。


「そうだ、樹里。お前、俺にギター教えてくれよ」


「……え、ごめん言ってることよく分かんないんだけど」


 すまんな……俺も完全なる思い付きだけで言ってるから、自分でもよく分かっていないんだ。

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