第4話 こんなところでなにしてるんですかー☆

 学食に向かう途中、周囲からの視線をじろじろと感じた。


 ただ、それらの視線は俺に向けられているものじゃない。隣を歩く、正人に向けられているものだ。


 好奇心や野次馬根性の滲む視線に紛れて、「ヒーローと睦月姫がついに……」とか、囁き交わされる言葉も聞こえてくる。この学園の二大有名人同士ということもあり、誰もが興味津々でいるようだった。


 ちらりと俺も正人の様子をうかがってみれば、この状況を然程気にしていないようだった。学園のヒーローともなれば、こうして注目されることにも慣れてるのかもしれない。


「腹減ったなー、マジで。学食、席、空いてっかな?」


 どころか、そんなどうでもいい話まで振ってきた。なんだかこちらの気が抜けて、思わずため息をついてしまう。


「はあ~」


「なんだよ。人の顔見てため息ついて。失礼なやつだな」


「失礼でけっこうだ。まったく……お前、心臓強すぎ。心配した俺がバカだったわ」


「はあ? よく分からんけど、心配してくれたのか? ありがとな」


 どうせ何を心配していたのかもよく分からんくせに、そう言って俺を見下ろしながらニッと笑いかけてくる。こちらを見ていた女子グループのいくつかから、その瞬間黄色い声が上がる。キャーッ、ですってよ奥さん。不審者でも出たんですかね(すっとぼけ)


 なんとなく腹立たしくなって、


「今のどこに、礼なんていう要素があったよ」


 などと憎まれ口を叩くも、


「気にかけてくれる他人がいるってのは、それだけでありがたいことじゃないか?」


 などという、爽やか極まりない回答を正人は口にする。爽やかイケメンゲージみたいなのがあったら多分、百二十パーセントを突破していそうな笑顔付きだ。


「やっぱお前、男の敵だろ」


「だけど大樹は味方だろ?」


「屈託なく人を信じることのできる正人は知らんかもしれんが、俺は俺の味方だぞ」


「大樹は分かりやすいよな」


「あ? なにがだよ」


「照れたり謙遜したりするときに憎まれ口を叩く辺りが、かな」


 したり顔で言ってくるのにイラっとしたので肘で小突こうとしたが、直前で察した正人に避けられた。

 そんな下らないことをしているうちに学食に辿り着く。


 駒ヶ原学園の学食は、まあそこそこでかい。一般的な教室を三つぶち抜いたぐらいの広さがある。


「じゃ、オレ、パン買ってくるわ。席取っといて」


「おー」


 そう言って正人は購買に並ぶ。その背中を見送ってから座れそうな席でもないかと歩き出したところで……少し疲れた顔つきの睦月がテーブルについているのを見つけてしまった。


 そして、その睦月を取り囲んでいるのは、彼女のクラスメイトであろう女子達である。昼時だというのに飯も食わずに、睦月に質問を投げかけては時おり「キャーッ」ですってよ奥さん。やっぱいるんじゃねえの、不審者。


 なんてことを思いながらその様子を眺めていると、不意に顔を上げた睦月と視線がかち合った。厄介ごとの気配を感じたものの、その目が助けを求めているようだったから知らないふりをするのも気が引ける。


 ……しゃーねー。


「よう睦月。お前も飯か?」


「あ、はい。大樹君もですか?」


 テーブルに近づいて声をかけると、安堵の色を浮かべて睦月が応える。ちらりと見れば、蓋だけ取られた弁当箱の中身は減っていないようだ。行儀のいい睦月は、質問の嵐を前に食べるにも食べられなかったのだろう。


「うわっ、出たっ、ギンチャク!」


「また出たっ、ギンチャク!」


「ってかいつも出てくるねっ、ギンチャク!」


 睦月を取り囲んでいた女子達が大袈裟にそんなことを言ってくる。ちなみにギンチャクというのは俺の俗称だ。由来はもちろん「腰巾着」――誰の、とは言わんが。


「おうおう、頭がたけぇぞテメェら。姫と王子の甘い汁、今日も吸わせてもらってまーす腰巾着でーす! ってか? やかましいわ!」


「うわうぜー!」


 雑に乗ると向こうも雑に返してくる。お互いに大して面白くもないが、こういう上っ面の道化を装うのも多分大事なことなのだろう。


「別に大樹君を、腰巾着とかそういう風に思ったことはないのですが……」


 控えめながらはっきりとそう睦月は否定してくれる。申し訳なさそうな、気遣うような目もこちらに向けてくる。心遣いとしては嬉しいが――だけどまあ、これが庶民なりのコミュニケーションなんだよなあ、残念なことに。


 だから俺は聞こえてないふりで、睦月の気遣う言葉をスルーして。


「つーか正人が購買に今いるから、睦月も一緒に食ってきたらどうだ?」


 という言葉を口にした。


「えっ。あ、でも……今はクラス皆さんと一緒に食べていますし」


「クラスの友達も大事だとは思うけどよー。付き合いたてなんだし、今ぐらいは遠慮しなくてもいいんじゃねーの?」


「そーそー! ってか、ごめん! ウチらのほうが気が利かなかったよね! 彼氏と一緒に食べといでよ!」


 俺の言葉に追従するようにして、睦月を取り囲む女子の一人がそう言って背中を押す。他の女子もうんうんとうなずく。


 こんな風に言われてしまえば、控えめすぎるきらいのある睦月もさすがに遠慮し続けることはさすがに難しい。


「では、その……ありがとうございます。お言葉に甘えて……」


 と、はにかみ笑いを浮かべながらまるで減ってない弁当箱を包み直して立ち上がった。


 それからそのまま、正人の下へと向かうのかと思いきや。


「あっ」


 と何かを思いついた様子でこちらに視線を向けた。


「そうだ。大樹君はこれから正人君と一緒にごはんを食べるところだったんですよね?」


「あー、まあそうだが、でも別に気にしなくても……」


「なら、せっかくですし三人でお昼にしませんか?」


「は? なに言ってんの?」


「いえ、だからせっかくですし三人で、と。二年に上がってクラスも別々になりましたし、久しぶりにどうかと思ったのですが」


「あー、無理」


 睦月の提案を、一言で切って捨てる。


 それから俺は、さっきまで睦月の座ってた席に腰を下ろして言った。


「ってか、俺今日ここで食うしな」


「えっ」


「俺さー、正人と違ってモテねえから。非モテ野郎だから。だからたまにはハーレム気分を味わいたい時とかあんだよ文句あるか?」


 俺の言葉に、睦月は「え、えーと……?」と戸惑った様子だが、彼女の級友達はこちらの意図をすぐに理解してくれたらしい。


 息の合ったコンビネーションで、「えー、ギンチャクとぉ?」「まーたまにはいいかもねこういうのも」「っていうか睦月姫取ってくんだからあんたが代わりを勤めなさいよ!」などと睦月を一人で送り出す方向性で一致団結して協力してくれた。


「うっは今俺人生で最高にモテ期来てるわ! あ、わりー睦月もう行っていいぞ」


「あ……はい……」


 残念そうな睦月の態度には心苦しいものを覚えないでもないが、まあでも正人がいい感じに慰めてくれるだろうと胸の内で盛大に丸投げする。


 そして、睦月が正人と合流してテーブルに着くところまでを見届けたところで――。


「……邪魔したな」


 弁当を袋に包み直して、俺は席から立ち上がる。


「んー」


「じゃねー」


 彼女らも心得ているのか、別に引き留めることも、無駄に声をかけることもしない。あの場では睦月を正人と二人で食わせるために方便を口にしたが、そもそも互いに一緒に食うつもりなど俺達にはない。


「……どこで食うかねえ」


 だからそう一人ごちながら、寂しく席を後にして、正人と睦月に気づかれないように学食の裏を回るようにして外に出た、そのタイミングで。


「せーんぱいっ。アハッ、こんなところでなにしてるんですかー☆」


 ……後ろからかけられた、知った女の声に、俺は足を止めた。

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