第3話 振られたってわけ?

「で、笹原は要するに睦月姫に振られたってわけ?」


 俺たちの通う、駒ヶ原学園。

 その二年二組の教室。


 昼休みを迎え、アユ姉(鮎菜ねーちゃん。うちに下宿中の従姉)の作ってくれた弁当をいそいそ鞄から取り出したところで、背中からそんな声がかけられた。


「はぁ?」


 訝る目を後ろに向けてみれば、後ろの席の森畑もりはたが好奇心を隠す様子もなく探るような目つきをこちらに向けている。


 ちなみにだが、「睦月姫」というのは睦月のことだ。睦月の呼称は安定しないが、「睦月姫」「むっつー」「俺たちの天使」辺りが代表的な呼び名である。順に、「姫扱い」「アイドル扱い」「天使様扱い」といったところだろうか。


 呼び方一つでだいたいどの派閥の人間か分かる辺りで、睦月の人気もお察しである。つまり森畑は姫派。


「なあ、そうなんだろ笹原。朝からずっと、ついに睦月姫と爽やかヒーローが付き合い始めたって話じゃねえか」


「あー……」


 森畑の言葉に気のない声が口から漏れる。


 ちなみにこれまたややこしいが、「爽やかヒーロー」とは正人のことだ。あいつはあいつで呼称が安定しないやつで、「爽やかヒーロー」「マサマサ」「私たちの王子」辺りがこれまた代表格。順に、「ヒーロー扱い」「アイドル扱い」「王子様扱い」といったところだ。


 こうして色んなあだ名がつけられる辺り、あの二人がどれだけ人気なのか分かろうというものだ。あいつらのことを普通に名前で呼ぶ人間なんて、学内には俺ぐらいのものではないだろうか。


「昨日からだってよ。あいつらが付き合い始めたの」


「やっぱり付き合い始めたんだな!」


「正人から聞いたからな。間違いない。朝っぱらからイチャイチャしてたぞ、あいつら」


 そう返すと、森畑が哀れな人間を見るような目を向けてくる。


 それからとても優しい手つきで、慰めるように俺の肩を叩いてきた。


「なんだよ。気持ちわりいな」


「そう言うなって。ヒーロー相手じゃ、笹原ごときじゃ分が悪いのも仕方ないよな」


「はあ?」


「まあでも負ける相手がヒーローなら納得もできるってもんだ。そうだろ? うんうん、凡人なりに笹原はよく頑張ってたと思うぞ」


「頑張ってたって、なにがだよ」


「だって笹原、睦月姫のこと好きだったろ?」


「いや、別に。そりゃ確かにあいつは美人だし気立てもいいけど、幼馴染を何年もやってりゃ恋愛対象にゃならねえよ」


 本音のつもりでそう返したのだが、森畑の目がさらに優しいものになる。うわぁ気持ち悪い。


 それから、作った気色悪い猫なで声をかけてくる。


「まあまあ。負け犬の遠吠えみたいでみっともないぞ、笹原。男なら、ちゃんと負けを認めないといけない時もあるはずだ」


「遠吠えするのは狼だけで、犬はしないらしいぞ」


「そういう話じゃねえんだよ。っていうか笹原も大変だよなー。あんな完璧な男が隣に居て、嫌んなったりしねえの?」


 森畑の言葉に、思わずフッと苦笑を漏らしてしまう。


 すると森畑は、俺と対して差のないような普通顔に疑問の色を浮かべていた。


「なんだよ、笹原。いきなり笑い出して」


「いや。森畑がおかしなこと言うから、ついな」


「おかしいってどういうことだ?」


「そのままの意味だろ。てーか、お前友達いねーだろ」


 皮肉げな笑みを浮かべながらそう言ってやると、森畑は「はあ?」と眉間にしわを寄せた。


 そんな森畑に向かって、俺はさらに言葉を続けた。


「友達なんて、そんなもん、嫌で嫌でたまらなくなる時がいくらでもあるに決まってんだろ。なに、当たり前のこと聞いてんだ」


 ああそうさ。


 正人のことが嫌で嫌でたまらなくなった瞬間なんていくらでもある。正人だって、俺にそう思ったことはあるだろう。


 それに正人だけじゃない。睦月だってそうだ。十年近い付き合いで深まるのは親交だけじゃない。軋轢だって、不満だって、そんなの募るに決まってる。


 人付き合いなんだから、そんなのは当たり前なんだ。


「森畑にも、そういうことを教えてくれる友達ができたらいいな。俺は応援してやるぞ」


「んなっ」


 逆にこちらがそう言って慰めてやると、森畑が表情を強張らせた。


 そして何か口を開こうとしたところで、正人がこちらに近づいてくる。


「おーい大樹。メシにしようぜメシ……って、もしかしてなんか話してるところだったか?」


「いや、別に。正人っていいやつ過ぎてマジで嫌味だから男子全員で足引っ張ってやろうぜって悪巧みをしてただけ」


「さすがにそれは、オレが不利すぎるだろ」


「負け犬の気持ちを知ってもらいたいという、友人なりの心遣いのつもりだよ」


 そう戯言を返しつつ、弁当片手に席を立つ。


 そして「行こうぜ」と言うと、「ああ」とうなずき正人は俺のあとについてきた。

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