第47話『スリーギャップス』
乙女と栞と小姫山・47
『スリーギャップス』
「栞、Bスタジオまで……ほら、急ぐ!」
午前のレッスンが終わって、控え室でお握りを頬張っていたら、鼻に絆創膏を貼ったMNBの専属作曲家の室谷雄二に呼び出された。
「は、はい!」
栞は、お茶でお握りを流し込み廊下に出ると、室谷は、もうエレベーターの前にいて、エレベーターのドアが開きかけていた。
「うわー!」
慌てて、エレベーターに乗り込むと叱られた。
「アイドルは、仕事以外では走らない!」
「はい」
気難しい人だと思った。
「ほら、これ栞のパート」
ナニゲに渡されたスコアに戸惑っているうちにエレベーターは一階上のフロアーに着き、あと二三歩でBスタジオというところで、室谷の背中にぶつかった。なぜかというと、室谷が急に立ち止まったからである。室谷は勢いでドアに顔をぶつけた。
「イテー! オレ、さっきもぶつけたところなんだよ! なんでMNBは、ガサツな奴が多いんだろうね」
「すみません」
室谷さんが急に止まるから……と思いながらも、栞もスコアを見てテンパっていた。
スコアのタイトルは『そうなんですか!』になっていたから。そう、栞の一言で流行ったギャグである。
「失礼します」
ドアを開けて、今度は足が震えた!
スタジオにはプロディユ-サーの杉本、MNBセンターの榊原聖子、三期生で売り出し中の日下部七菜の、研究生の栞から見れば、雲の上の人間が揃っていたのだ。
「室谷さん、また顔ぶつけました?」
聖子が、おかしそうに聞いた。
「MNBは、そそっかしいのが揃ってるからな」
「室谷ちゃん含めてね」
杉本が、体を揺すって笑った。七菜も俯いているところをみると同じ目に遭ったんだろう。
「とりあえずスコア見てくれよ」
《そうなんですか!》 作詞:杉本 寛 作曲:手島雄二
ホ-ムの発メロが鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる 目の前で無慈悲にドアが閉まる
ああチクショー! このヤロー! 思いがけないキミのため口
駅員さんも乗客のみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!
ああ カワイイ顔して このギャップ
あの それ外回りなんだけど
そうなんですか しぼんだようにキミが呟く
新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな電車の発メロぐらい
でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか
昼休みチャイムが鳴る廊下優雅に教室に向かう 開けたドアみんなが起立していたよ
ええ うそ~! ええ ど~して! 見かけに合わないキミの大ボケ
クラスメートも先生も ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!
ああ カワイイ顔して このギャップ
あの 今の授業開始の本鈴なんだけど
そうなんですか 他人事みたいキミが呟く
新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな予鈴と本鈴ぐらい
でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか
照りつける太陽 砂蹴散らして駆けまわる ビキニの上が陽気に外れかかる
ええ うそ~! なんで今~! 天変地異的キミの悲鳴
ライフセーバーさんもビーチのみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!
ああ キミは飛び込む 波打ち際
ああ たしかキミはカナヅチなんだけど
そうなんですか でも助けてとキミが叫ぶ
夏休み もう真っ盛り いいかげん覚えて欲しいな犬かきとボクの気持ちぐらい
でも 愛しい こ~の無神経 このギャップ そうなんですか そうなんですか
そうなんですよ ボクの愛しいそうなんですよ ボクの青春のそうなんですよ 人生一度のそうなんですよ
Yes! そうなんですよ!
「このユニット名は、スリーギャップス」
「スリーギャップス?」
「そう、ベテランと中堅と駆けだしのミスマッチ」
「そう、栞はミス・マッチ」
「マッチですか!?」
「そう、栞の荒削りな馬力と根拠のない自信。こいつで火を付けてみようと思う。今日は曲をしっかり覚えて、明日は振り付け。来週の習慣歌謡曲で発表する」
かくして、栞のヒョウタンから駒が出た……!
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