第46話『家族写真』
乙女と栞と小姫山・46
『家族写真』
「こんちわ、クロヤマタヌキの宅配便です!」
ドアホンのカメラで宅配便のオニイサンを確認すると、美玲は代引きのお金とハンコを持って玄関に出る。
今度は、カバン一式だった。リュックにも手提げにもなる優れもののメインバッグはアニメの主人公を思わせるようでカッコよかった。
思い出が味方にな~る♪
主題歌のワンフレーズが口をついて出てしまった。近江八幡の中学で使っていたものは、基本はビニールの手提げで、ストラップを調整することで肩から掛けられるようにもなっていたが、いま手にしている森ノ宮のものはリュック……鏡に映してみると、形がしっかりしていて小粋なランドセル。人工皮革だけど、緑地に細い赤のラインが入っていてオシャレだ。サブバッグは、同じデザインで、近江八幡の時と同じ手提げにも肩掛けにもできるものだったけど、一見コットンで出来ているように見えて、シックで高級感。見とれているうちにお昼になった。残ったご飯でチャーハンを作っている間も。テーブルに置いて眺めながら作ったので、少し焦げてしまった。
お焦げの味は、程よいというか、美玲の十三年に近い人生そのもののような感じがした。
父親がいない寂しさ、伯父家族への遠慮、それは苦さだった。死んだお母さんは美玲を産むと、大阪の学校を辞めて、もう一度滋賀県の高校の先生になった。何度か転勤したが、美玲が物心が付いてからは、大津や長浜の高校で、いつも帰りが遅く。その間、馴染めない伯父の家に居るのも辛く、学校の図書館や街の図書館で過ごすことが多かった。
お母さんは、死ぬ三日前に美玲を枕許に呼び「万一のことがあったら、お父さんに連絡を取るように」と言っていた。それから、思いかけず乙女母さんが来てくれるまでは火宅のようなものだった。
最初に来た教科書を入れてみた。全部入れるとメインバッグもサブバッグもパンパンになったが、美玲には、それが、これからの人生の希望のように思えた。
午後からは、靴と体操服一式が来た。やっぱり公立中学のときのよりもオシャレで、美玲は着替えてみたかったが、一番楽しみにしている制服が来るかもと思うとおちおちファッションショーをするわけにはいかなかった。
とうとう、その日のうちに制服は来なかった。
けれどお父さんもお母さんも早く帰ってきてくれた。
「なんや、制服はまだか……」
お母さんは、美玲と同じテンションでガックリしていたが、お父さんは落ち着いていた。
「少し、補正をお願いしたからな、時間がかかるんだろう」
森ノ宮での、お父さんを思い出した。
「メジャーを貸してください」というと、お父さんは美玲の体のあちこちを計りだした。親でなかったらセクハラだと思うような計り方だったが、既成の七号サイズでは、線の細い美玲では合わないところがあり、業者に電話で補正の注文を付けていた。
「いやあ、これから大きくなられますから」
という業者のアドバイスに、父は、こう答えた。
「大きくなったら、また買い直します!」
その補正で遅れていると言いながら、じゃ、お父さんは、なぜ、こんなに早く帰って来たのだろう……?
「あんたも待ち切れへんねやろ」
乙女お母さんが、お父さんを冷やかした。
「管理職は、遅までおったらええ言うもんとちゃうねん!」
と、なぜか意地になっていた。
そして、昨日、美玲は朝から新品の教科書を読んだりしていたが、さすがに成績優秀な美玲も、ちっとも中身が頭に入ってこなかった。昼に、またチャーハンをこさえていると(美玲が作れるのは、これしかない)宅配便がきた。喜んで玄関に出ると宅配屋さんは、A4の段ボールの袋を置いていった。
宛名は美玲、注文主はお母さんだった。開けてみるとラノベが出てきた『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』という、大橋むつおという人の作品だった。あまり上手いとは思えない表紙絵に、かえって新鮮さを感じて、読み出した。序章だけで止めておこうと思ったら、面白くてうかつにものめり込んでしまった。
そして、お母さんが帰ってくるのと、宅配屋さんが来るのがいっしょになった。お母さんは、その日は遠足で、帰ってくるのが早かったのだ。
「ミレちゃん。来たよ、来たしい!」
賑やかにお母さんが、制服の箱を開けながらリビングに入ってきた。
――わたしと忠クンは……二人、あらかわ遊園で、この半年にわたる物語を振り返り、そっと栞をはさんだところです――
ふけっていた余韻は、ふっとんでしまった。乙女さんは、美玲をさっさと裸にして、制服を着せた。これも親でなければセクハラである。
「うわー!」
同じ言葉が、母子の口から出た。亭主の補正注文が功を奏して、美玲はまるでアイドルの制服姿だった。で、それをシャメに撮ると亭主に送った。
――直ぐ帰る!――
そのメールが着いて、きっちり四十五分後に正一が帰ってきた。
「うわー、やっぱり生で見るとちゃうなあ!」
とりあえず、娘の制服姿に大感激したあと、正一は、亭主として夫婦のイッチョウラを出すことを命じ、一家で正装し終わると車を出した。
「あんた、写真屋さんには予約入れたんのん?」
「転入試験の日に予約入れた!」
「お父さんも、やるー!」
写真屋のスタジオに入ると、美玲は迷った。言い出しかねているのである。乙女さんが気づいた。
「美子母さんやろ……?」
「は……はい」
「写真屋さん、ちょっとお願い」
三人の新品親子の前に、小さな台が置かれ、美子お母さんのお骨の入ったリップクリームは可愛く花で飾られた。
それから、美玲一人の立ち姿も別に撮られ、それは四枚焼き増しされ、それぞれ違った色のフレームに収められた。
美玲は幸せだった。まるで昼間読んだラノベの主人公まどかのような感じで、人生の一ページに栞が挟まれたような気になった。
その夜、予期せぬ電話が手島弁護士から掛かってきた。
『美子さんの遺産なんですが、生命保険だけは受取人が娘さんになっていまして、これだけは受け取ってください』
「しゃあないなあ」
そう思いながら、これは実の母である美子さんの、美玲への餞別であるような気がした……。
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