第45話『美玲の転入試験』


乙女と栞と小姫山・45

『美玲の転入試験』          







 水野校長の数少ない功績がある。遠足を連休が終わってからにしたのだ。


 一年生だけは学年でまとまって遠足にいく。学年としての一体感を持たせたいという、これも校長の発案であった。職員は嫌がったが、校長が、とうに絶滅した宿泊学習を持ち出す気配だったので、この線に落ち着いた。

 もっとも、一体感をもって学校を改革しようという意思のかけらもない教職員にはなんの効果もなかった。

 ただ、先月の栞の『進行妨害事件』で、府教委やマスコミから叩かれた時には、ささやかではあるが、学校が前向きな姿勢を持っている証左であると評価された。しかし、このことは教職員には伝えていない。「恩着せがましい」と思われるのが分かっていたからである。

 二三年生は、クラスごとに行き先を決める。現実には幾つかのクラスが、示し合わせて同じところに行くので、学年としては三つぐらいのコースになる。


 栞のクラスは、あっさりと嵐山に決まった。


 なぜかというと、阪急の嵐山に着いたあとは自由行動であるからだ。


 別に単独行動で悪さをしようなどという不埒な考えはないが、学校や先生が決めたコースを羊のように引っ張り回されるのがイヤなだけである。担任の湯浅も、若い頃に奈良国立博物館を遠足の目玉にしたところ、たった一分でスルーされてしまい、それ以来、遠足はルーチンワークと心得て、生徒が行きたい場所に行かせている。

 そして、なにより一年生が全学年そろって嵐山なので、男子は一年生のカワイイ子を探し、お近づきになるチャンスである。女子は、あちこちにある甘い物屋さんや、桂川のほとりでのんびりしたい。と意見が一致した。


 一言で言えば、師弟共々の息抜きなのである。


 教師たちは、昼には共済の保養施設で嵐山御膳というご馳走を食べることに話が決まっていた。本来監督責任があるので、あまり誉められたことではないのだが、同行の教頭も、見て見ぬふりをする。

 乙女先生は、この際、教頭とゆっくり話がしてみたかった。大阪城公園でのことがあって以来、教頭を見る目が変わってきた。娘さんの話などをうららかな五月の風の中でしてみたいと思ったのである。


――先輩、どこに行くんですか?――


 さくやからメールが来た。

 栞は、気のあったクラスの女の子たちと大覚寺から大沢の池方面を目指している。一応メールで答えておいたが、大覚寺は嵐山の駅からかなりあり、地理に詳しくないと、ちょっとむつかしい。まあ、遠足。適当にやるだろうと、放っておいた。


「え、どうしてさくやが!?」


 大覚寺の門前まで来ると、さくやが一人でニコニコと立っていた。

「わたしも、こっちの方に来てましてん」

 まあ、いいや。邪魔になる子でもないし。そう思う……前に、さくやは連れてきた友だちみんなに仲良くアメチャンを配っていた。

「このサクちゃんも荷物の多い子やねんな」

 クラスメートの美鈴が、さくやの背中を見て言った。

「同じクラブですから」

「ええ、遠足の日に学校帰って部活すんのん!?」

「これでも演劇部は厳しいんです。ねえ、先輩?」

「そ、そうよ」

 MNBに入っていることは、内緒にしてある。記者会見などやっているのだが、おもしろいもので、あの画面に映っていたのが、クラスの栞であるとは、まだ誰も気づいてはいない。いや、気づいていても、あえて騒がない。よく言えば大人の感覚のあるクラスではあった。

 お寺そのものには興味がないので、五百円払って入ろうとは思わず大沢の池のほとりでお弁当にした。

「えい!」

 残ったご飯粒を丸めて、池に投げると、まるで待ってましたという感じで錦鯉が跳ねて食べてしまった。

「うわ、今のんきれいに撮れたわ!」

 美鈴が、絶好のシャッターチャンスで鯉を撮っていた。

「うわ、ほんま」

「きれいなあ」

 などと言っていると、後ろから声がかかった。


「よかったら、君たちの写真撮ってあげようか」


 振り返ると、いかにもプロのカメラマンという感じのオジサンが声をかけてきた。

「お願いできます」

 栞は、物怖じせずに頼んだ。

「じゃ、まず君たちの携帯で。おい、レフ板」

 すると、助手のようなニイチャンたちがレフ板を持ってきた。

「うわー、本格的!」

 瞬くうちにみんなのスマホに写真が撮られた。

「じゃ、最後にオジサンのカメラで……」

 さすがはプロで「はい、チーズ」などとはやらない。世間話をしているうちに連写で何枚も撮ってくれた。

「はい、こんな感じ」

 オジサンは、モニターを見せてくれた。すると、なんと後ろに、スターの仲居雅治と中戸彩が映っていた。

「きゃー」

「うわー」

「本物や!」

 女子高生たちは大喜びした。仲居と中戸は気さくに握手やサインに応じてくれた。

「お願いがあるんだけどな……ここは仲居君頼むよ」

 オジサンが振った、それも仲居君と親しげに……!


 というわけで、栞たちはテレビドラマのエキストラになった。


 最初は、仲居と中戸たちとすれ違ったり、追い越したり、背景のガヤになったり。そのうちにカメラマンのオジサンが言った。

「ねえ、栞ちゃんだったっけ」

「はい」

「ちょっと、中戸君と絡んでくれないかな」

「……え!?」


 中戸が水色のワンピで、駆けてきて栞とぶつかる。

「あ、すみません」

「ごめんなさい」

 これだけだったのが、監督とカメラマンのインスピレーションで膨らんでしまった。


「ねえ、大里さん待って!」

 女子高生ぶつかる。はずみで恭子のバッグが落ちて、中のものがぶちまけられる。

「すいません、うち、ボンヤリやから」

「ううん、ボンヤリは、あたしの方。ごめん、手伝わせちゃって」

「いいえ、おねえちゃん、イラストレーターやってはるんですか」

「うん、あいつ……大里のバカ野郎!」

 恭子の目から涙。女子高生の目、キラリと光る。

「あの、オッチャンですね」

「うん。でも、もういいの」

「ええことありません、ちょっと待って、大里さん! 大里のオッサン!」

「ちょ、ちょっと、あなた」

「大丈夫、掴まえてきます!」

 女子高生は、一筋近道をして、大里を発見。

「見つけた! もう逃がさへんよって……」

 女子高生の顔アップ、迫力におののく大里。


 ここまで、ほとんどアドリブで、カットが増えた。


 そして、これが、しばらくして問題になるとは思いもせずに栞たちは集合場所へと急いだ……。



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