第35話『キャミちゃん!?』      


乙女と栞と小姫山・35


『キャミちゃん!?』      





 激しい光が点滅します、小さなお子さんは、部屋を明るくし、画面から離れてご覧下さい。



 テロップが流れたあと、当惑した笑顔の栞とテーブルの上の一億円が映し出された。


 栞が、切り通しの薮の穴蔵から発見したお金は、総額一億円あった!


 この一カ月余りで五回もテレビに取り上げられた。一度目は、今は停職中の教師達による「進行妨害事件」、二度目は、その事件の記者会見、三度目が梅沢忠興という教育学者との「テレビ対談」、四度目は「MNB五期生合格発表の記者会見」、そして五度目が、この「一億円拾得事件」。他に、お尻丸出し抗議事件による動画サイトなども含めると、この一カ月、日本でもっとも注目された高校生であろう。


 もっとも、今回は事が事だけに顔やジャージの学校名にはモザイクがかけられたが、芸能新聞は遠慮無く実名と栞の顔を一面で流した。



 学校、正確には桑田先生から叱られ、MNBのプロデユーサーからも注意され、父親からも叱られた。しかし、本人はなんとも思っていないので、通り一遍の謝り方ですました。学校もプロデユーサーも納得したが、栞のことをよく知っている父親からは、さらに叱られた「栞は、真剣でないときほど、謝り方がきちんとしている」という親というか、弁護士ならではの観察眼からであった。



 驚いたことに、落とし主が、その日のうちに三人も現れた。そして、三人とも偽者であった。警察は大金であることもあり、鞄の特徴や、お札の状態については簡単にしか報道しなかった。


 鞄は二十年以上昔、海外のメーカーで作られた特殊なジュラルミン製で、耐水性、耐衝撃性に優れていた。また、お札は銀行の封帯ではなく、なぜか某国の雑誌を切って作った帯で百万円ずつまとめられていた。なぜ、某国というかというと、読者の中から「オレのだ!」と名乗り出る人が現れないようにするためである。じっさい、どこで調べたのか栞の家に電話までかけてきた者が何人かいた。うち一人は警察を名乗り、「もう一度状況を確認したいんですが」という手の込みよう。栞は慣れたもので「○○警察ですね、こちらからかけ直します」 で、ことごとくが、偽者であった。



 連休の予定がたたなかった。


 今年は京都の八重桜でも見に行こうかなと思っていたが、MNBのレッスンがいつから始まるか分からないのである。この業界は、たいがいそうだが、急に電話が入ってから「明日から」などと言うことがけっこうある。そうやって、本人の本気度を試し、この世界の厳しさを頭からたたきこむのである。


 嫌いでは無かった。学校のように「生意気だから」「ずぼらをかまして」というのではなく、はっきりとした業界の空気やシキタリというものが、底辺にあるようで、好ましく思えるのだ。



「栞、頼むから自分でブログ作ってくれないか」


 一億円事件の明くる日に、帰るなり、お父さんに言われた。


「なんで?」  


 そう言いながら、スカートを落とす(脱ぐというより、この形象が、栞の場合正しい)と、別なことを言われた。


「あのな、おまえも小学生じゃないんだから、もうちょっと恥じらいを持ちなさい」


「いいじゃん、親子なんだし。お父さんだって風呂上がりタオル一丁だから、種芋見えたりするんですけどね」  


 と、キャミとパンツだけで親に意見する。


「いや、もう、だからさ。ブログだよブログ」


「だから?」


「お父さんのメールボックスに、お前宛のがいっぱいで、仕事にならないんだよ」


「あ、ごめん。わたしアイドルだもんね。うん、すぐに作る」  


 そう言って、パソコンを立ち上げてみたものの、アイドルのブログなんて見たこともない。まあ、適当でいいや。カシャカシャと、それらしいものを作った。


 事件に絡むことは一切書かなかった。学校で食べた食堂のメニュー、そしてブログを作ったいきさつぐらいのものである。しかし、なまじ表現力があるので、ついさっきの父とのいきさつをオモシロオカシク書いてしまった。



 夜には、いっぱいコメントがきた。


「種芋ってなんですか?」「栞ちゃんて、お父さんの前でキャミ姿になるんですか!?」「今度、ぜひキャミ姿のシャメ載せてください」「どこのメーカーの着てるの。わたしは、オーソドックスにワコールです♪」「食堂のランチメニュー教えて!」



 明くる日には、頭に「種芋栞ちゃん」「キャミちゃん」などと勝手に愛称が蔓延した……。

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