第34話『謎の旅行鞄』
乙女と栞と小姫山・34
『謎の旅行鞄』
足を踏み出したところで空と地面がひっくり返った……。
「イッテー……!」
栞は、薮の中の穴に落ちてしまった。じきに制服に水が染みこんできて気持ち悪くなって立ち上がった。
穴の底は細いひび割れになっているようで、あまり水は溜まっていなかった。
「水が溜まっていたら、溺れて死ぬとこだよ」
なんとか、足場か手がかりになるものを見つけて上に這い上がろうと思った。
「ええと……ええと……ん……なんだこりゃ?」
土混じりの根っこたちの間に何かトッテのようなものに触った。わりとしっかりしているので、栞は、思い切って、それを掴んで上に這い上がろうとした。
「うんこら……キャー!!」
トッテは急に外れて、栞は、再び穴の底に尻餅をついた。
「あれ……」
トッテには先が付いていた。かなり古いタイプの旅行鞄だ。お尻が冷たくなるのも忘れ、鞄を開けようとしたが、鍵がかかっていて開けることができない。
「キミ、そんなとこでどうしたんだ?」穴の上から声がした。
「え、あ、で、その、つまり……」
状況のどの部分から話そうとしていると、手が差しのべられた。
「とりあえず、穴に落ちて、困っていることから解決しよう」
その人は、駅前交番のお巡りさんだった。切り通しの薮のところまで来ると、靴と靴下が行儀良く並んでいて、なんだろうと思っていると悲鳴が聞こえてきたということらしい。
真美ちゃん先生が着替えのジャージと運動靴を持って交番にやってきた。栞は、交番のシャワーを借りて体を洗って着替えた。
「金ばさみは……?」
タオルで髪を拭きながら出てくると、一番にそれを聞いた。なんといっても技師の鈴木のオッサンは苦手だ。
「栞ちゃんが、ずっと持ってたわよ。トランクといっしょに」
「トランク……ああ、これのために」
「助かったんだよ。あの悲鳴を聞いていなきゃ、自分も薮の中まではいかなかっただろうなあ」
「これ、いったいなんなんですか?」
「やっぱり、キミも知らんのか」
そのとき交番に二人の人間が入ってきた。
「すみません、小姫山高校の出水です」
「本署の田所。ヨネさん、これか?」
保健室の出水先生と鑑識のお巡りさんだった。
「湯浅先生、授業が終わったら見にくるて。手島さん、怪我とかは?」
「あ、それ大丈夫です。穴の中ジュクジュクでしたから。よかったら家に帰って、本格的に着替えたいんですけど」
「ああ、かめへんよ。お家には、わたしから電話……」
「いえ、いいです。ここんとこ、お騒がせばかりだから。自分でします」
後ろで、写真を撮る気配がした。交番と本署のお巡りさんが、鞄の写真を撮ったり、寸法を測って記録していた。
「これ、あんたが見つけたん?」
「え、まあ、結果的には……」
「じゃ、解錠します」
田所という本署の鑑識さんは、二本の針金のようなもので器用に開けていく。
やがて……。
「開いた……」
みんなが固唾を呑んで、鞄が開くのを待った。
ウワー!!!
居合わせた全員が同じテンションで声をあげた。
中身はビニールで何重にもくるまれた札束だった……。
あまりの大金だったので、本署からパトカーがやってきて、栞共々本署に連れて行かれた。
出水先生は学校に電話したが、大金、栞がパトカーで、という二点しか伝わらなかったので、生指部長代理の桑原と、担任の湯浅、教頭の田中、そして、なぜか乙女先生が、学校から。父が家から。そして、新聞記者やら芸能記者までが地元の警察署に押しかけた……。
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