第19話『栞の記者会見』
乙女と栞と小姫山・19
『栞の記者会見』
「ハンパなことでは、終われませんなあ」
マスコミ相手の記者会見の前に、校長と栞の父親との共通した見解である。
「全部さらけだしましょう」という点でも一致していた。
下手に隠し立てしたり庇っていては、後で訂正を繰り返し、問題がスキャンダル化し、何度もマスコミや世論の晒し者になる。それは避けようという点でも一致している。
「校長先生、府教委との事前調整は?」
教頭が、ノッソリ入ってきて、他人事のように言った。
「報告はしてあります、対応は校長に一元化。それ以上のことは言ってきません」
自身その出身であるので、官僚の姿勢は手に取るように分かっている。
取りあえず、間違ったことはしていないという認定なんだろうが、要は尻を持ち込むなというのが府教委の本音だろう。
「……とういうのが、今回の事件、事故のあらましであります」
校長は、100人を超えるマスコミ相手に説明を終えた。カメラマン達が写真を撮る間を空けて続けた。
「冒頭においてもお詫びいたしましたが、今回のことで、心身ともに御本人を深く傷つけ、並びに保護者、そして学校関係者各位、府民の皆様にご心配、ご迷惑をおかけしましたことを学校長として、深くお詫びいたします」
『詫びてしまいですか。学校の体質そのものに大きな問題があるように思うんですが、学校長として、今後の改善や、改革の方向性は持ってるんですか?』
記者がねネチコク絡んでくる。
「それに、お答えする前に、保護者であるお父さんから、間違いや補足があれば言及していただきます」
ひとしきりシャッター音がして、栞の父親の写真が撮られた。
「みなさん、なぜ私の写真を許可もなくお撮りになるんですか。うちの子は未成年であります。親の面体が知れれば、本人が簡単に特定されることをお考えにはならんのですか。まず、その無責任さについて抗議いたします。特に最初にシャッターを切ったA新聞のあなた。御社の未成年問題を取り扱うための、報道規定についてお聞きしたい……バカヤロー、そんなイロハも上司に相談しなければ、答えられないようじゃ、報道記者の資格は無い!」
手島は、最初にかました。
「B放送、エンターキーを押すんじゃない。時程については、うちの子がコンマ秒単位で君たちの映像を撮っているんで、言い訳はできない。N放送、この子のカメラは200度の広角。死角じゃないからな。君の薄笑いもちゃんと記録してある。あとで、薄笑いの理由を聴取するんで、君は、A新聞、B放送共々に残りなさい。編集はききません。うちの子が持ってる広辞苑はカバーで、中身はパソコン。動画サイトにも実況しておる。言動には、注意されたい」
栞が、広辞苑のカバーを外すと、カメラとマイクのついたパソコンが出てきた。
「C新聞、ええかげんにせえよ。今、間違った振りをして、パソコンの電源コードを抜いたな。君も、後で残りなさい。ちゃんとIDも撮ってある。ちなみに、そのコードはダミーだ」
他の、カメラマン達が指摘された記者やカメラマンを撮り始めた。
「あんたらは、本当にハイエナだな……学校長の話に補足はありません。ただ私は、うちの子の法定代理人として、湯浅教諭を道交法の進行妨害、また、梅田教諭と共謀し、うちの子に対し、威力業務妨害、傷害、逮捕監禁、交通事故現場の証拠隠滅。中谷教諭に対しては、うちの子が提出した5通の書類についての証拠隠滅、並びに、公務員の職務専念義務違反により告訴致します」
会見会場は水を打ったように静かになった。そして、栞が真っ直ぐ立つと、カメラを自分に向けて宣言した。
「わたし、被害者の手島栞です。あとの画像は、テレビカメラでご確認ください」
この行動には、父親も校長も驚いたが、栞はもう止まらない。
「わたしが、一番言いたいのは、大阪府の総合選択制の学校と、総合選択の授業そのものです。詳しくは、わたしの『栞のビビットブログ』に載せてありますので、それをご覧ください。かいつまんで申しますと、高校の授業の形骸化と、その質の低下、課外活動の主軸であるクラブ活動の軽視です。7時間目まで授業をやられ、下校時間が、5時15分では、日常的に時間外活動をしなければ、部活が成り立ちません。元凶はここにあります!」
栞は、パッツンパッツンの通学鞄とサブバッグ、そして体操服入れの袋をゼミテーブルの上に置いた。
「総重量5・5キロになります。これを持って満員電車に乗るんです。これは、学校の教務、各教科が縦割りになって、学校として有機的なカリキュラム決定がなされていないことの象徴的な現れです。ちなみに、これは、月曜日の時間割に合わせたもので、意図的なものではありません。後日、曜日毎の携帯品とその重量をブログで公開しますので。ご覧下さい。有機的な教育計画、カリキュラム、教育行政を要求します。具体的にわたしは、授業の単純化を提唱します。国・数・英・理・社に収れんされ、その中で幅を持たせるべきです。先生によっては、この総合学習のために、5種類の授業を持っていらっしゃる方もいます。高等の名に値する授業が、果たして可能なんでしょうか。そして……」
「栞、それぐらいにしておきなさい」
「……はい」
記者会見は、半ば栞の独演会の感で終わった。
「栞、覚悟しときや。ブログ炎上やで……」
自宅待機の三人を送り届け、学校に戻ってきた乙女先生は、講堂の入り口で、そう呟いた……。
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