第18話『動画サイトの乱』


乙女と栞と小姫山・18    


『動画サイトの乱』      







 保健室のパソコンには、とんでもないものが映っていた。



 動画サイトに、一昨日の栞の事件が5分余りの映像で流れていたのだ。


「今度は逃がせへんぞ!」


 湯浅とおぼしきオッサンの声から始まっている。


 カメラは、湯浅と梅田の背中を追いかけ、戸外に出る。二人の肩越しに、栞がゲンチャで坂道を下って来るのが分かる。驚いて急ブレーキをかけ、姿勢は前傾している。湯浅が前に立ちはだかり、栞のハンドルがぶれ、前輪がスリップして、ゲンチャは旋回しながら倒れていく。


「なに、わざとらしい転けてんねん!」と「おい、大丈夫か!?」の二つの声がした。


 前者は湯浅、後者は、どうやらカメラの持ち主のようである。 微妙ではあるが、梅田の手がハンドルと栞の上半身の両方にかかっている。引き倒したようにも、転倒する新子を助けようとしているようにも見える。


「進行妨害です。現状保存をして警察を呼んでください!」 栞が、ヘルメットを脱いで叫んだ。


「違反ばっかりしくさって、何言うとんじゃ。さっさと立って学校来い! 湯浅先生、ゲンチャ持ってきてください」


 そして、栞はセーラーの襟首を掴まえられて、引き立てられていくところまで映像はとらえていた。


 タイトルは『あなたは、どう思いますか』とだけで、人物の目の所は黒い線で隠されてはいたが、関係者が見ればすぐに分かる。いや、関係者でなくとも、栞の制服やゲンチャに書かれた屋号で、かなりの人が分かるだろう。


「アクセスと、コメント見てください」


 出水先生に促され、そこを見ると、投稿から一時間あまりしかたっていないのに、アクセスは1000件を超え、コメントも数十件入っていた。コメントの全てが、二人の教師を非難していた。


「進行妨害!」「拉致か!?」「証拠隠滅!」「女の子かわいそう」中には、在校生であろうか、具体的に梅田と湯川の名前をあげて非難しているものまであった。



 五分後、乙女、出水の両先生は校長室にいた。


 ちょうど入学式の来賓が帰ったところで、校長一人だったのが幸いだった。


「これはまずい……!」


 校長は、すぐに動画サイトの会社に電話をして、削除を依頼した。電話のオペレーターは、学校名と校長名を確認してからかけ直してきた。


「どうにか、なりませんか……は、は、しかし……そうですか」


「どないですのん?」


「警察から、当該生徒及び保護者からの依頼が無い限り保存しておくように依頼があったそうです」


「ちょっと、パソコン貸してください」


 乙女先生は、そう言うと『手島法律事務所』を検索して電話した。


「あ、手島さんのお父さんですか?」


 電話はビンゴだった。


「あ、お父さんも、あの動画ご覧になったんですか……え、分かりました、校長に代わります」


「もしもし、校長の水野です。先日は……ええ、その動画の件なんですが……は、はい、そうですか……そうですね。ご教示感謝いたします。また、いずれお父さんとはお話させてください」


 校長は、言葉少なに、でも納得して電話を切った。


 乙女先生は両者の頭と理解力が優れている証拠だと思った。


「削除をすれば、人の興味をかき立てるだけだとおっしゃいます。それに、例え削除してもコピーがとられて、拡散する一方、それも加工されたものになるんで、何を書かれるか分からないので、オリジナルで放置した方がいいだろうということでした」


「……もう、アクセスが1500を超えました」


「とにかく事情聴取ですなあ、緊急の職員会議も……こりゃ、禁足令だな。ところで、出水先生。学校のパソコンでは動画サイトは見られないはずですが」


「モバイルルーターなんです」


「……あ、なるほど。保健室はいろんな情報がいりますからな。ま、公式にはスマホで発見したことにしといてください」



 五分後、校長は、梅田・湯浅に動画を見せながら事情聴取を行い、続いて、手島親子に面談した教師全員にも事情聴取と事実確認を行った。  


 それを30分で済ますと、職員会議を開いた。


 会議は、校長からの一方的な説明と指示に終始した。



 マスコミや警察からの問い合わせは、校長に一本化すること。手島栞について懲戒にかかるような問題は無いことの確認。栞が旧担任のところに出した書類を全て、学校長に提出すること。

 さすがに中谷の顔色は変わったが、書類を受け取った記憶はないと、押し通した。


「正直におっしゃっていただかないと、学校長として責務が果たせません。なお、この責務の中には、中谷先生がおっしゃることが正しいことを前提ですが、先生を弁護することも含まれております」


「それは、管理職の越権、恫喝だ!」



――オッサン、アホちゃうか――



 他の教職員も、同意見らしく、沈黙を持ってこれに応えた。



 職員会議のあとはマスコミの攻勢であった。校長は、6時から記者会見に応じるとして、手島親子と連絡をとった。事実確認と氏名を伏せることの確認だったが、事実確認のあと、手島親子は記者会見に同席することを要求してきた。


「マスコミは、ちょっとした言葉尻や、ニュアンスの違いを突いてきます。同席して、同時にやった方がいいでしょう」



 校長は、最後に、梅田・湯浅・中谷の三人に即刻の自宅待機を命じ、校門前に出た。


「校長、記者会見までには、間がありますが?」 「何か、新しい事実でも?」


 校長は待っていた。そしてマナーモードにしていたスマホが三度振動することを確認した。


「ええ、記者会見の会場のご案内です。会議室では手狭ですので、講堂を使用いたします。30分後開催。それでは、マスコミのみなさんは準備してください」


 各社は、争って入学式のままの講堂に急いだ。本来、入学式が終わると、昼を挟んで、設営したパイプ椅子などの撤去に移るが、乙女先生が気を利かして、そのままにしておくように首席の筋肉アスパラガスの桑田に言い含めておいた。


 そして、校長宛に三回のコールを送り、マスコミが居なくなった裏門から、神社の軽ワゴンを借りて、自宅謹慎組を護送したのである……。

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