第17話『ドッキリ入学式』
乙女と栞と小姫山・17
『ドッキリ入学式』
真美ちゃん先生から三分おきに電話がかかってくる。
乙女先生は、嫌がらずにきちんと対応した。
「もうちょっとやからね」
乙女先生は入学式の警備担当の責任者になっている。式場から最も遠いE組の時間を計っておいたので、それを逆算すれば、入場のタイミングを間違えることは無い。
会場に『威風堂々』が静かに流れ始めた。
前奏が1分57秒あるので、1分たったところで、A組出発の合図を出すことにしていた。そして45秒おきに各クラスを入場させれば、ラストのE組が着席し、10秒の最終章で、ぐっと雰囲気が盛り上がり、順調に教頭の開式宣言にもっていけるのである。
それが、なぜか『威風堂々』が流れると同時にA組が教室を出発し、前奏の30秒目のところでは、入場しはじめた。
「宮里先生、ちょっとタイミングが早いです」
乙女先生は、なるべく穏やかに注意しにいった。
「ここは、わたしの持ち場所です。わたしが指示します」
「そやかて、わたしが警備誘導の責任者です。わたしが……」
「先生は、転勤早々。それは書類上の名誉職です……はい、B組出してください」
めでたい入学式、事を荒立ててはと、乙女先生は大人の判断で引き下がった。
式場に戻ってびっくりした。
天井の蛍光灯は点いているが、舞台上の照明が何もついていない。ギャラリーのスポットライトには人も付いていない。
乙女先生はゆっくり慌てて、体育館の上手袖の分電盤までいって、天井のボーダーライトのスイッチを入れた。
スポットライトのスイッチを入れたが、点く気配がない。再びゆっくり慌てて、ギャラリーに上がり、あまりのほこりっぽさに呆れながら、スポットのスイッチを入れ、演壇と国旗、校旗にシュートを決めようとしたが、上手の、スポットライトが点かない。
「チ、球切れかいな!」
あきらめて降りようとしたところに、真美ちゃん先生から電話がかかってきた。
「どないした、真美ちゃん?」
「宮里先生が、もう出せて言わはるんです。予定より1分早いですう!」
「ウチはお飾りらしいわ、宮里先生の指示で動いて!」
ギャラリーから降りると、式場からC組の前あたりまで、ダンゴになっているのが分かった。前任校なら、もう暴動ものである。 E組が着席したのは『威風堂々』の終楽章の途中で、それもカットアウトされてしまった。テレビ番組なら放送事故である。
ポンポンと大きな音がした。教頭がマイクの頭を叩いたのである。バカタレが、マイク壊す気か!?
「えー、それでは、オホン。令和○年度、大阪府立希望ヶ丘青春高校の入学式を挙行いたします。国歌斉唱、一同起立!」
ここはご立派に間髪入れずに国歌が流れた。
乙女先生は、ちょっとしたイタズラを思いついた。スマホを出して、式場の撮影を始めたのだ。むろん職員席が写る。 ――根性無しめが、みんなクチパクか――そう思っていると、組合の分会長を兼ねている中谷と目があった。気づくと、他にも何人もの教師や来賓、保護者がギャラリーの乙女先生を見上げていた。一瞬訳が分からなかったが、すぐにメゾソプラノの自分の歌声が、式場中に鳴り響いていることに気が付いた。直ぐ横では、学校お出入りの写真屋さんが笑っていたが、ここで止めては失敗ととられるので、最後まで堂々と歌いきった。
なんちゅう話し下手や……と思った。
校長はさすがに「よく学びなさい」をテーマに話をまとめた。
「さっきのピンクのス-ツの先生は、転任の……あとで正式にご紹介しますが、一年の生指主担の佐藤先生です。先生は、転任早々、式の有り様を勉強するために、式場を走り回っておられました。諸君、勉強するのはいつでしょう……今でしょう!」
たった今起こったことと、流行の言葉を結びつけ、笑いと共に話のテーマを伝えていた。他の教師の話はほとんど平板な話ぶりで、なんのインパクトも無かった。
「生徒指導部長の梅田です。君らの直接の担当は、佐藤先生です。以下、佐藤先生に引き継ぎます」
やっぱり丸投げか……まあ、予告してただけマシか。乙女先生は演壇に上がった。
「さっき、ドジして校長先生の話の種にされた佐藤です。わたしは、もういくつかこの学校にきて学びました。この体育館で一番声が響くのは、正面のギャラリーです。文化祭のときはステージにしてもええでしょうね。東京ドームかヨコアリぐらいの迫力があります(みなの笑い) さて、みんなに言うことは、今日は二つだけです。学校の決まりは守ってください。何を守らなあかんかというと、この生徒手帳に書いてあります。お家の人とも、よう読んどいてください。分からんことがあったら、わたしのとこに聞きにきてください。それから、保護者のみなさんにお願いです。学校にご不満や疑問に思われることがありましたら、お子さんにぶつけるのではなく、学校に直接おっしゃってください。至らないところもあると思いますが、我々教職員と保護者のみなさまといっしょに学校を作ってまいります。PTAというのは、ピーマンとトマトはあかんの略ではありません。ピアレンツ アンド ティーチャーズアソシエーション。つまり、教師と保護者の会という意味です。どうぞよろしく」
我ながら、コンパクトにまとめられたと思った。揚げ足を取られるようなことも言っていないっと……。
無事に入学式は終わった。さすがにくたびれた乙女先生は、生指のソファーに靴を脱いで横になった。ウツラウツラしかけたころに、保健室から電話がかかってきた。
――乙女先生、手が空いてたら、ちょっと保健室来てもらえますか――
出水先生が、真剣な声で言った。いったい何が起こったんだろう……。
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