第20話『栞のイマジネーション』
乙女と栞と小姫山・20
『栞のイマジネーション』
予想通り『栞のビビットブログ』は炎上した。
タイトルがいけない。ブログ名の下に《小姫山ほどの問題》とあり、栞が疑問に思った学校のカリキュラムが全て載っている。
単元毎に実際に行われた授業の内容がまとめられている。一見して総花的な、良く言えば「浅く広く」 栞の言葉では、体系のない「その場しのぎ」の授業内容がよく分かる。
また、教師が、この準備のためにどれだけ時間を取られているかにも触れてあり、生徒も教師も、総合的に無駄なことに時間と労力が取られていることも分かる。コメントは、あえて管理者の承認を外してあるので、生の反応がそのまま返ってきていた。 おおむね「賛成」が2/3、「反対」が1/3というところである。
気になるのは、「あなたのお陰で、学校は晒し者です」「評判落とした責任取れ!」「あんたねえ、うちら三年のこと考えてへんやろ。進路にどれだけ影響ある思てるのん!」 「そうや、あんたみたいな気楽な二年生とはちゃうねんからね!」という、明らかに学校関係者のものがあることである。
駅前で、栞が三年生の女子に絡まれていた。
駅前の登校指導に出ていた乙女先生と真美ちゃん先生が、これに出くわした。 「……止めんと、あかんのんちゃいます?」 「もうちょっと様子みてからね……こら、そこの一年、団子になって歩くんやない! 自転車は一列で行け!」と、本務のほうに忙しい。
「大学は、推薦の場合、調査書と面接が基本。一般入試は、センター試験と大学の入試で決まります。不安にさせたことは謝ります。でも、わたしの主張に問題がないのはブログでも、You Tubeでも分かります。できたら、それに沿って理性的に話してください。うさばらしなら、なんでも書き込みしてください。事前承認とかの検閲はやってませんし、匿名も大歓迎です。これ以上は通行の妨げになります。放課後、中庭で、お待ちしています。話のある人は来てください。じゃ、失礼します」
栞はスタスタと行ってしまった。
「な、様子見て正解やろ。あとはウチやるさかい、真美ちゃん生指にもどっといて。今日は栞のことで、まだまだ起こると思うよってに……ほら、そこの三年、いつまで溜まっとんねん。便秘になるぞ!」
生指に戻ると、案の定だった。
「こういうことは、予測できたはずです。なんで立ち番を立てるとかして、学校の姿勢を示さないんですか!」
謹慎中の梅田に代わり、首席の桑田が栞に詰め寄られていた。部長の机の上には、嫌がらせらしいメモなどが、小さな段ボール箱に一杯になっていた。
「原因は自分にもあるとは思わへんのんか?」
「思いません。わたしは三ヵ月も中谷先生を通じて申し入れをしてきました」
「中谷先生だけやろ」
「それが正規のルートだからです。桑田先生、中谷先生とは背中合わせですね。申し入れしたときは三回とも席にいらっしゃいました。ご存じなかったんですか」
「知らん」 「パソコンで、トランプゲームやってらっしゃいましたよね」 「アホぬかせ」 「三回目に、思いあまってシャメったとき、偶然ですが、先生のパソコンの画面も写りこんでいます。職務専念上問題があると思われますが。また、首席という立場にありながら、直接わたしから聞いていないということで、シラを切るのは問題ありませんか?」 「手島……!」 「ご注意しておきますが、ここに入室してからの発言は、全て録音してあります」
――録音をやめなさい――
桑田は、メモに書いて示した。栞はシャ-ペンを取りだしノックした。
「これ、シャーペン型のデジカメです。日時こみで記録させていただきました」
桑田の顔が赤黒くなった。
「申し入れについては、善処する」
「善処とは?」
「関係教職員で協議の上、対応するということです!」
「いささか遅きには失しますが、了解します。失礼しました」
栞は、さっそうと生指の部屋を出ていった……。
乙女先生は、改めて桑田に向き直った。
「下足室は、出水先生に二十分間見てもらって、嫌がらせのメモを入れた生徒は記録してもろてます」
「そんな話は……」
「夕べしました。人の話はちゃんと聞こうね、桑田クン……記録は、公表しません。情報管理にも問題無いとはいえへんようやし。ほんなら、一年のオリエンテーションに行ってきます」
桑田は忌々しそうにノートパソコンを閉じた。
放課後、十名ほどの、主に三年生の生徒が栞を取り巻いた。
「いま、何時だと思ってるんですか!?」
「なんやて?」
「いえ、先輩のみなさんを責めてるんじゃないんです。ただ今四時四十分。もう時間が押しているんで始めさせていただきますが、ほんとうは、ここに来るつもりだったのに来られない方もいらっしゃると思います」
「せや、リノッチら来たがってたけど、進路説明あるさかいな」
「変だと思いませんか、希望、自主、独立が我が校の校是です。こんな放課後の時間、極端に短く、また、定見のない指導で時間をとられ、この憎き手島栞にも会いにこられないのは、おかしいと思われませんか?」
「そら、たまたま……」
「たまたまなんでしょうか。去年一年、わたしは演劇部にいました。ろくに稽古時間もとれず、予選敗退でした。で、今は部員はわたし一人です。なぜでしょう。つまらない総合の授業に縛られ、縦割りの指導を受け、二年生の場合、放課後の1/3、三年生は2/3が食われてしまいます」
「そら、分からんことないけど、三年は進路かかってるさかいなあ」
「これを、見てください」
「ん?」
「演劇部の三年生が、どんなことで放課後の時間が取られたかということの一覧です」
エクセルを使って見事な一覧にしたものを皆に配った。栞は出席者を見込んでいたのだろうか、手許には自分の分しか残っていなかった。
「全部について分析しているヒマはありません。面接指導、論文指導に注目してください。面接指導は、文字通りの面接の練習と、進路先決定のための面接に別れます。実に三年生は、これに半分以上が取られています。他に各種行事や、そのための委員会とダブルブッキングしているものもあります」
「……ほんまや」
「で、言うもはばかられますが、面接指導のA先生、集会でのお話、いかがですか? くどく長いだけで、中身が生徒に伝わりません。論文指導のB先生、定期考査で問題の論旨が分からないと苦情が出たことがあります……」
栞の演説は30分の間に簡潔にまとめられていた。資料を配ったこと、主張することに統計資料の裏付けがあること、挙げる例が的確、かつ典型的で説得力があることで、十名の抗議者を賛同者に変えてしまった。
蘇鉄の陰の乙女先生は感心した。
「あの子の演説は勉強になるなあ」
「ほんとですね。先生みたい」
本物だけど、成り立ての真美ちゃん先生は正直に感心した。
そして、栞の話を、それと知られずに聞いていた一年生が一人いた……。
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