第14話『マックスアングリー・1』
乙女と栞と小姫山・14
『マックスアングリー・1』
「……というわけで、指導忌避のため、手島栞を停学三日といたします」
慣れた口調で説明をしたあと、作業着姿で小さく俯いている栞の父親に、梅田は申し渡した。
栞は青白い顔をして、梅田を見つめ。父親は、小さくため息をついて俯いた。
同席した教師のほとんどが、立ち上がりかけた。
乙女先生は一言言おうと息を吸い込んだ。
「気の早い先生たちだ。話はこれからですよ」
それまでと違って凛とした声で父親が言った。
「ここからは録音させていただきます。どうぞお掛け下さい」
「手島さん……」
父親の豹変ぶりに、梅田がかろうじて声を上げ、他の教師(学年主任・牧原 学年生指主担・山本 担任・湯浅)は立ちかけた椅子に座り直した。これからが出番だと思っていた乙女先生は座ったままだ。
「指導忌避と言われるが、栞、以下当人と呼称します。当人は津久茂屋の配達途中でありました。原動機付き二輪車の胴体側面、荷台の商品に通常の目視で視認に足る表示がなされておりました。当人のエプロン、ヘルメットにも屋号が付いておりました、いかがですか、湯浅先生?」
「突然のことで、そこまでは分かりませんでした」
「これが、当該の原動機付き二輪車、並びに、当人がその折着用しておりました、エプロンとヘルメットであります」
父親は、二枚の写真を出した。教師一同は驚きを隠せなかった。
「当人は、そのおり『すみません、配達中なんで、また後で』と声をかけております。なお、配達の荷物は当日、本日でありますが、卒業式が行われる小姫山小学校の紅白饅頭でありました。8時20分という時間からも、当人が急いでいたことは容易に推測できるものと思量いたします」
「いや、なんせとっさのことで」
「湯浅先生は、当校ご勤務何年になられますか」
「な、七年ですが……」
「津久茂屋も、姫山小学校もご存じですね」
「は、はい」
「そうでしょう、この前後のいきさつは、タバコ店の店主も承知されています。当人の返事も含めて。この状況で、指導忌避と捉えるのは早計ではありませんか」
「いや、たとえそうでも、二回目は指導忌避です」
「ほう、待ち伏せが指導にあたるとおっしゃるんですか」
「お父さん、何が言いたいんですか!?」
「事実確認です。ご着席ください梅田先生」
「こいつ、いや、手島さんは、わたしと梅田先生の制止を振り切って、逃げよとしたんですよ。明らかな指導忌避です」
「この写真をご覧下さい。これが当人が制止されブレーキをかけたタイヤ痕です。あとスリップし転倒した場所まで、約9・5メートル続いております。なお当人の速度は30キロであったと思量されます……」
「なんで、速度まで分かるんですか!?」
「現場の道路は、傾斜角6度の未舗装の下り坂です。逆算すれば、簡単に出てきます」
「しかし、本人は抵抗したんで、許容される範囲で制圧したんです。立派な指導忌避です」
「この状況で自販機の陰から飛び出されれば、パニックになります。当人は務めて冷静に対処しようとして、こう言っています『進行妨害です。現状保存をして、警察を呼んでください』と」
「それが、指導忌避です。ゲンチャは、本校では禁止しとります」
「それは、後にしましょう。先生方がおやりになったのは道交法の進路妨害に該当します。事実事故が発生し、当人も進路妨害と認識、その旨を主張しております。それを無視して職務中の当人を連行されたのですから、事故の証拠隠滅、威力業務妨害になります」
その時、応接室のドアが開いて、栞の旧担任の中谷が、顔を赤くして飛び込んできた。
「バイトを許可した覚えはありません! そもそもバイト許可願いなんか、ボクは受け取ってません!」
「中谷先生ですな。お呼びする手間が省けた」
「て、手島は、勝手に、そう思いこんで、勝手にバイトやっとるんです!」
「あきれた人だな……」
「なにを!」
「お父さん、もういい。これはわたしの戦い。あとは自分でやる!」
立ち上がった栞は、顔も手足も、いっそう青白い。怒りがマックスになってきた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます