第15話『マックスアングリー・2』


乙女と栞と小姫山・15

『マックスアングリー・2』       






 立ち上がった栞は、いっそう青白く、怒りがマックスになってきた。


「中谷先生。先生が、わたしのバイト許可願いを受け取っていないというのは嘘です」

「これが、当人が中谷先生に渡した許可願いの写しです」

 父親が、許可願いのコピーを出した。

「わたしが出そうと思ってたのに……」

「ボ、ボクは、こんなもん見たこともありません!」

「わたしは、受領書を要求しましたが、中谷先生は拒否なさいました。これが、その受領書です」

 栞は、父親が持参した袋の中から、ビニール袋に入った受領書を出した。

「そんな、なんにも書いてないもんに証拠能力は無い!」

「……どこまで言えば認めるんですか!」

 怒りのあまり、栞は音を立てて立ち上がった。乙女先生は倒れた椅子を元に戻し、目で着席を促した。

「どうも、すみません。栞、感情的になるんなら発言をひかえなさい」

「ビニール袋に入っているのは、証拠品だからです……」

「あんまり穏やかな言い方やないな、手島」

「それ以外の言いようがありません。これには、わたしと中谷先生の指紋がついています」


 乙女先生は、違和感を覚えた。今まで、いろんな修羅場をくぐってきたが、こんなのは初めてだ。


「そんな、ハッタリかまして、知らんもんは知らん!」

「先生、録音中です。ご発言には気を付けられたほうがいい」

 父親は、そう言うとメガネを拭いてかけ直した。

「ここで、指紋検出をしてもいいですが、わたしがやっては証拠能力がなくなりますから」

「フン、やっぱりハッタリや」

「こういうことは、警察がやらなければ証拠にならないんです。刑訴法のイロハです。こちらを見てください……」

「手島、学校は、おまえの指導拒否を問題にしてんねん。関係ない話は止めてくれるか」

「それは、発言の制止ですか」

「本題から外れてると、センセは思う」

 梅田は、父親に対抗するようにメガネを拭きだした。栞は、構わずに続けた。

「これは、中谷先生が、わたしのバイト許可願いと、カリキュラム改訂についての建白書をご覧になっているシャメです」

「おまえ、携帯は出せて、掴まえた時に言うたやろ!」

「いや、指導ですよ。湯浅先生」

「携帯はお渡ししました。これはスマホです」

「スマホて、おまえなあ!」

「まあまあ、牧原センセ……」

「始業から終業まで、携帯の類は使用禁止やろが」

「覚えてらっしゃらないんですか。わたしがお願いに行ったのは、放課後です」

「職員室の中で、そういうもん使うのは反則やろ」

「これは、廊下から撮ったものです。職員室のドアは開きっぱなしでしたから」

「しかし、職員室の中を撮るのは、不謹慎やろ」

「じゃ、卒業式の日に、職員室で撮る写真も不謹慎なんですね」

「へ、屁理屈を言うな!」

「わたしも、あまり誉められたことじゃないくらい分かっています。しかし、それまでに二回も提出したものを無視されています。この程度の証拠保全は許されると思います」

「仮に、そやとしても、オレが読んでるのが、手島の書類て、どないして分かるねん!」

「こうすれば、分かります」

 栞は、スマホの画面を拡大して見せた。明らかに栞の書類である。

「ぼ、ぼんやり見とったから、よう覚えてへんわ」

「先生は、読んだと、今おっしゃったばかりです。どちらにしろ、お受け取りになったことは確かです」

「そ、それは……」

 このアホが……という顔を梅田がした。

「バイトの許可願いは、空文化してる中で、わたしはきちんと出したんです。ですから、わたしのバイトは、本校において、著しい校則違反にはなりません。事情を知った上で、校長先生の許可も得ています」

「それは、手続きが……」

「書類の書式から言っても、学校長の許可があれば十分です。すまん、栞続けて」

「よって、わたしのバイトは合法です。それを制止したのは、道交法の進行妨害、刑法上の威力業務妨害、傷害、逮捕監禁、証拠隠滅にあたります。以上」

 中谷が、声を発する前に、父親が締めくくりにかかった。

「栞は未成年でありますので、わたくしが法定代理人として告訴いたします。今日お見せしたものは全て証拠品として警察に提出します。では、ただ今から、栞の怪我の診断書を取りにいきますので、これで失礼いたします」

「待ってください、お父さん」

「これは、失礼、まだ栞の父であることを証明しておりませんでしたな。略式ではありますが、これが運転免許書です。連絡先はこちらに……」


 差し出された名刺には『弁護士 手島和重』とあった。


「べ、弁護士!?」

 中谷の声がひっくり返った。

「今日は、休日で、畑仕事をしておりましたので、こんなナリで失礼いたしました。では……そうそう乙女先生にはお世話になったそうで、御礼申し上げます」

「あ、乙女は名前の方で、苗字は佐藤と申します」

「こりゃ、失礼を。娘が乙女先生とばかり言うものですから。では、またいずれ」





 手島親子は行ってしまった。


――オッサン、なかなかやるなあ――


 乙女先生は、手島弁護士のネライが分かったような気がした。手島弁護士は告訴するとは言ったが、いつ告訴するとは言っていない。また、意図的に乙女先生というパイプを残した。


 しかし現実は手島弁護士のネライさえ超えて大きくなっていくのであった……。

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