第13話『栞の補導委員会』


乙女と栞と小姫山・13


『栞の補導委員会』     





 昼から補導委員会になった。



「最初に問題点を明確にしときます。手島栞の指導忌避についてです」


 梅田生指部長が口火を切って、参加者は、いっせいにA4のプリントに目を落とした。


 参加者は、梅田の他に各学年の生指主担三名と、学年主任の牧原、栞の新旧の担任、管理職からは教頭と、特別に校長が加わり九人であった。  


「指導忌避は何日ですか……?」


 教頭の田中が、ろくにプリントも見ずに聞いた。


「三日です」


「ほんなら、三日の停学で、よろしおまっしゃろ」


 教頭は早くもメガネを外した。


「ちょっと待って下さい。指導忌避に至ったいきさつについて、説明してください」


 乙女先生が、フライングしたランナーを停めるように手を挙げる。


「書いたある通りです。本日8時20分ごろ出勤途中の湯浅先生、先生は新年度の手島の担任ですが……」


「とんだ、ババひいてしもたわ」


「湯浅先生が、栞がゲンチャに乗ってるところを目撃、制止しはりましたが、同人はこれを無視、この時、湯浅先生は、同人に指導忌避であることを明確に伝えてはります。ですね?」


「はい、タバコ屋のオッチャンが、その声で店から出てきたぐらいです。本人にも聞こえてます」


「で、また同人が、そこを通ることを予期され、電話でわたしを呼び出され、事情を聞き、指導の要有りと認め、タバコ屋の自販機横で待機。十五分後、再びゲンチャで通りかかった同人を制止。制止のおりに転倒しましたが、これは、制止を振り切り逃走をはかろうとしたためでありますが、わたしと湯浅先生で受け止めてやったため、同人は軽い擦過傷を負っただけですみました。直後、現場で指導しようとしましたが、『現状保存、警察を呼べ』と激しく指導を忌避。よって、学校まで、連れて帰って現状に至っております」


 梅田は、模範解答を読み上げるような抑揚のない声で説明した。


「……で、罪状は指導忌避。懲戒規定では、三日。決まりでんな」


 乙女先生は怒りのあまり、声が出ない。


 旧担任の中谷が手をあげた。


「はい、中谷さん……」


「無許可バイトと、禁止されてるゲンチャについては問題にせえへんのですか」


 梅田が大儀そうな顔をした。


「バイトは、野放しが現状です。あえて問題にする必要おまへんやろ。ゲンチャ絡めると、十日を超える停学、それに、中谷さんに出したバイト願いには、ゲンチャ使用申請もあったとか。それ、一カ月もほっときはったんでっしゃろ、触れんほうがええと思いますけど」


「ゲンチャ使用申請は、本人が言うとるだけでしょ。わたしは確認しとりません」


「一言いいかな」


 ブリトラの校長が手をあげた。


「バイトのことは、本人から聞いて、わたしが許可を出しましたが」


「そら、校長あきまへん」


 三年の主担、山本が口を開いた。


「バイトの許可願いは、担任、学年生指主担、学年主任、生指部長、で、教頭通して学校長の許可になってます。手続き無視してもろたら困りまんなあ」


「最終決定は、学校長なんだから、問題ないでしょう。こういう言い方をするのはなんだが、本人から許可願いが出ていながら一カ月も放置しているのも問題だと思います」


「校長はん、職権乱用や。バイト願いの処理期間なんか、生徒手帳にも内規にも、どこにも書いたあらへん」


「オッサン、そんなん、言い訳やろ! 今時役所に行っても、一時間も待たされへんわ。アマゾンなんか半日で持ってきよるで。それとも、なにか、ここはアマゾン以下のジャングルけ!?」


「何を、いきまいて……」


 中谷が鼻でせせら笑い、山本が同調した。


「まあまあ、バイトは、もうドガチャガになってるし、中谷はんも、一カ月放置はなあ……」


「ボクは、なんにも悪ない!」


「そやから、学校の現状を鑑みて、指導忌避でいきまんねんやろ。学年始めで仕事溜まっとるんや。早よ手え打ちましょうや」


「小さなことからコツコツと、教頭はん名言でしたで」


 山本が囃し立て、教頭は仏頂面になった。


「栞も栞やけど、中谷センセがちゃちゃっと……」


 牧原の呟きが中谷に聞こえ、今度は中谷が切れた。


「ボクは間違うてへん。ただでも一年の担任は大変やったんや、バイト願いなんて……せや、出した言うてんのは栞だけだっしゃろ。あいつに何回も言われて受け取ったような気になってたけど……ボ、ボクは見てへん。そうや、そんな気になってただけで、受け取ってません!」


「ほんなら、栞の狂言や言うんけ、ええかげんにさらせよな!?」


 乙女先生が振り上げた拳を、校長が必死で止めた。


「ああ、こわ~!」


「ほんなら、指導忌避。停学三日。賛成の方起立(乙女先生の剣幕で全員が立っていた) 賛成者多数。本案可決!」



 こうして、明くる日の朝、保護者同伴で停学の申し渡しになったが、栞の保護者から、その日の内に来校する旨が伝えられ、校長は関係の教師に禁足令を出した。


 むろん「先生のためです」と枕詞を付けて……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る