第12話『進路妨害』


乙女と栞と小姫山・12


『進路妨害』      





 生指横のタコ部屋(指導室)からは、罵声が響き渡っていた。言葉の内容までは分からないが、そのイントネーションから、転勤早々聞き慣れてしまったオッサンたちの罵詈雑言であることは分かった。



「ちょっと、失礼しまっせ」


 言ったときには、もう失礼して、栞の斜め前の椅子に座った。


「佐藤先生、困りまんなあ、あんたの担当ちゃいまっせ」


「梅田先生、女子の指導を男性教師だけでやるのは、ちょと問題や。それに、この子の制服の乱れよう、膝の怪我、女性の生指が付くべきや思いますけど」


 栞は、初めて気が付いたようで、制服の乱れを直し、膝の傷をティッシュで拭った。ティッシュは直ぐに血と泥を吸った。


「まず保健室に行って診てもらいます。状況から見て、まず、わたしが聞くのが順当やと思いますが」


「こんなもん、ただの擦り傷。あとで消毒したらよろしおまんがな」


「この子の傷は、膝だけとちゃう。顔見たら分かりまっしゃろ」


「手島は、いつも……」


「いつも、こんな顔させてたん? 話にならん。手島さん、ウチに付いといで!」


「佐藤先生!」


「うっさいんじゃ、オッサンら!」



 呆気にとられた、三人のオッサン……いや、男性教諭を置き去りにして、乙女先生は、栞を保健室に連れて行った。




「手島さん、どないしたん!?」


 養護教諭の出水さんも、栞のただならぬ様子を見て、驚きの声を上げた。




「えと……わたしがゲンチャを停めるのと、梅田先生が話しかけられるタイミングが合わなかったんです」


「えらい持って回った言いようやなあ」


「……傷は、擦り傷だけですね。消毒とサビオでええでしょ」


「先生」


「「うん?」」


 乙女先生と出水先生が同時に返事をした。栞がクスっと笑った。


「ちょっと落ち着いたか。まあ、先生に話してみい」


「ゲンチャは?」


「真美ちゃん先生に頼んどいた。それより話や」


「お気持ちはありがたいんですけど、あの先生らには直接話せんと、こじれるだけです。タコ部屋に戻ります」

―― せやから、指導忌避と、無許可のバイク使用なんじゃ、ボケ! ――


 梅田の論点は、この二点だけだった。いろいろエゲツナイ大阪弁が混じるので、整理すると以下のようになる。



 朝、出勤途中の新担任湯浅が、団子屋のゲンチャに乗った栞と出くわした。ゲンチャは希望ヶ丘高校では原則禁止である。そこを制服を着たままゲンチャに乗っている栞を発見したのだから、指導しないわけにはいかない。


「こら栞、止まれ!」


「すみません、配達中なんで、また後で!」


 栞は、近所の小姫山小学校の入学式用の紅白饅頭を配達の途中であった。指導されていては間に合わない。


「くそ、指導忌避やぞ!」


 湯浅先生は、スマホで梅田に連絡をとり、駆けつけた梅田と二人で自販機の陰に隠れて待ち伏せした。そして、栞が十メートルほど手前に迫ったときに、飛び出した。


「今度は逃がせへんぞ!」


 びっくりした栞は急ブレーキを掛けたが、ハンドルがぶれて、横転した。


 で、ここからが両者の話が異なる。



○「なに、わざとらしい転けてんねん!」そう言われ、胸ぐらを掴んで引っ張られた。

○「おい、大丈夫か!?」おたつきながらも起こしてやった。



 どちらが、どちらの言い分かは、お分かりであろうが、その後の言動ははっきりしている。自販機が置いてある店のオジサンが、動画で記録していた(数日後、動画サイトに出て問題になる)


「進路妨害です。現状保存をして、警察を呼んでください!」


 栞がヘルメットを脱いで叫んだ。


「違反ばっかりしくさって、何言うとんじゃ。さっさと立って学校来い! 湯浅先生、ゲンチャ持ってきてください」


 栞はすでに抵抗はやめていたが、梅田はセーラーの襟首を掴んで数メートル引っ張った。

 栞は、途中遮られながらも、二度冷静に事実を述べた。あとは、オッサン三人の罵声であった。

 最後に、栞は静かに言った。



「バイト許可願いの付則に、配達のための自動二輪使用願いも書いてあったはずです……」  

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