第11話『栞の凄み』
乙女と栞と小姫山・11
『栞の凄み』
校長の対応は早かった。
栞の一年生の担任であった中谷を呼び出し、栞のバイト申請書と建白書について問いただした。
「バイトは、新学年になったらと思って、ノビノビになってました」
「しかし、あの子のバイトは始まっているじゃないですか」
「そんな形式的なこと。バイトは無届けでやってる生徒はいっぱいいてます」
「あの子は、先生に意見書を出したときに、バイトのことを持ち出されたと聞いておりますが」
「ああ、手島は言い出したら、しつこいんですわ。で、方便でバイトのこと言うたまでで、とがめ立てするつもりはありません」
「しかし、あの子に間違いは無いように思いますがね」
「形式はね。先生も話し聞かはったんやったら、あの理想論的なペシミスティックには気いつかはった思いますけど」
「とにかく、わたし宛に預けられた分は読ませていただきます」
「それが、年度末のゴタゴタで……また、探しときますわ。ほんなら、これで」
中谷が立ちかけた。
「話は、まだ済んでませんよ」
「わたし、三時から時間休。これ以上引き留めたら、不当労働行為だっせ」
「……それは失礼」
校長は、中谷の背中を見送りながら、生活指導の梅田に内線電話をかけた。
「あ、校長の水野です」
――なんでっか?
「旧一年A組の手島栞、バイト願いが旧担の中谷さんのところで止まっていたんで、わたしが、直接許可書を渡しておきました。了解しておいてください」
――あ、それはどうもご丁寧に。
「で……もう切っちまったのか」
「今の電話、校長さんちゃいますのん?」
「ああ、細かいトコまで目配りの利く校長さんですわ。ま、そういうわけで、新入生への言葉は佐藤先生でお願いしますわ」
「せやけど、仮にも生指部長は、梅田さんやねんさかい」
「しかし、指導の先頭に立つのんは、佐藤さんやねんさかい、先生の方が実質的ですわ。まあ、オレも最初は一言二言は言うよってに……」
そう締めくくると、梅田はパソコンのトランプゲームに熱中しだした。この手の教師は、これ以上言っても無駄なことはよく分かっていたので、乙女先生は生指の自分の机の整理にかかった。
「……別に主担やから言うて、常駐せんでもええですよ」
「主担は、常駐や思てましたさかい」
「あ……荷物ほとんど持ってきてはるんやね。ま、ご自由に……」
乙女先生は、今時珍しい「平和の鳥」を机に置いた。鳥はジクロメタンが詰まったお腹を振りながら水を飲み始めた。
明日は入学式という七日にそれは起こった。
入学式の警備計画を各担当に説明し終えて生指に戻ろうとしたとき、玄関の方から手島栞が、生指部長の梅田と新担任の湯浅、学年主任の牧原を従えて歩いてくるのが目に入った。近づくと、栞の制服が少し乱れていることに気がついた。ネクタイが曲がり、セーラー服の胸当てのホックが一つ外れている。さらに気づくと、膝小僧に擦り傷があることが分かった。
「佐藤先生……」
「手島さん……」
「個人的な話は、後にしてくださいね」
「お店のゲンチャ、返しておいていただけませんか」
栞は、ゲンチャのキーを差し出した。
「さっさと歩け!」
梅田が小突いたが、栞は予感していたように歩き出し。梅田の拳は虚しく空を突いただけだった。
――今のん当たってたら、パワハラとられるで……。
すれ違ったときに見えた栞の目は、昨日の比ではなく、怒りがスゴミになって蟠っていた……。
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