第10話『戦闘態勢の栞』 


乙女と栞と小姫山・10


『戦闘態勢の栞』    







 グッと口を引き締めたかと思うと、栞は大粒の涙をこぼした……。



「セーラー服は、わたしの戦闘服です」


 涙を拭おうともせずに、キッパリと栞は言った。長閑にウグイスが鳴いているのと対照的だった。



「どういう意味やのんかな?」



 栞の真っ直ぐな姿勢に、乙女先生は好感を持った。


「わたしは、学校と戦っていきます。だから、制服であるセーラー服は戦闘服なんです」


「えと……なんで、学校と戦わなあかんのんかな?」


 乙女先生は、我知らず優しくなっていく。校長は、一見無表情に庭に目をやりながら、穏やかに聞き役にまわった。


「総合選択制をなんとかして欲しいんです」


「総合選択制を?」


「はい。生徒のニーズに合わせて多様な教科を用意しているように見えますが、ただのアリバイです」


「手厳しいねえ」



「一年間授業を受けて、上級生のカリキュラムを見て、そう思ったんです。『園芸基礎』一年間園芸好きの先生の趣味に付き合っただけです。『映画から見た世界都市』映画の断片を見て、プリントの空白を埋めただけです。三年生に聞いたら当時担当していた先生が映画好きだったんで、一年間映画の解説ばかりだったそうです。プリントを見せたら、当時のまま。今は先生が替わって、それをなぞっているだけです。『オーラル・A』EATの先生と、英語ごっこをやっただけです。三年間『オーラル』を取った三年生でも、簡単な英会話もできません。こんな、オチャラケた教科が並んで、肝心の国・数・英・社は時間不足のスカスカです。おまけに、週四日間の七限授業。終わったら四時です。SHR、掃除当番なんか入ったら、部活の開始は四時半。下校時間は五時十五分。授業、部活共に成り立ちません。小姫山はともかく青春高校なんて、安出来の青春ドラマみたい……最初は、そうは思ってませんでした。これでも夢を持って入学したんです。でも一年居て分かりました。だから、改善の意見書を、担任の先生を通じて校長先生と、運営委員会宛に出したんです。そうしたら、生徒手帳を振りかざして、このバイトについて注意されました。そして、『意見書』という標題を注意されました。生徒が学校に出すものとして相応しくない……で、古色蒼然とした『建白書』にしたんです。下の者が上の者に具申するという意味です。『教師と生徒の間に上下関係は無い』と言ってハバカラない、組合の分会長をやっている担任が、そのまま受け取りました。そして、一カ月たった今、まだご返答がいただけません。だから、わたしは、校則を守りながら戦っているんです。だから、このセーラー服は、わたしの戦闘服なんです」



「至急、君が出した『建白書』は読ませてもらうよ。バイト許可書もすぐに善処しよう」



 庭から、目をもどした校長は、栞にきちんと答えた。


「あの……」


「では、仕事に戻らせていただきます」


 乙女先生の言い出しかけた言葉をニベもなく断ち切って栞は去って行った。


「今のあの子に、その場しのぎの言葉は通じませんよ」


「いえ、あたしは、もっといろいろ聞きたかったんです」


「そうか、担当学年じゃないが、関わってもらうことになるかもしれませんね」


 校長は、すました顔でダンゴをヒトカブリにした。



 校長は、店のパソコンを借りて、栞の『バイト許可証』を作り、女主人の恭ちゃんに渡した。



 門を出るとき、クッタクのない笑顔で接客している栞の姿がチラリと見えた……。





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