第5話『鳥居をくぐる』


乙女と栞と小姫山・5

『鳥居をくぐる』      






 鳥居をくぐって足を踏み入れると境内は別世界であった。


 伊邪那美神社は、この地の産土神(うぶすながみ)である。

 旧集落そのものが、古い摂津の村の佇まいを残しているが、こんもりとした森の中の神域に入ってみて、乙女先生は息を呑んだ。一の鳥居をくぐって石畳の道が「く」の字に曲がって、五メーターほどの石段を登って、二の鳥居。それをくぐったところから見える境内は、一面の玉砂利で、ちょっとした野球場ほどもあった。


 正面彼方に拝殿、手前上手に手水舎。


 そこで口をすすぎ、手を清めて振り向くと、拝殿の前で二人の若い巫女さんが境内を掃いている。


「あのう……ご祈祷をお願いしたいんですけど」

 背の高い方の巫女さんに声をかけた。

「そこの社務所の窓口の鈴を……鳴らしておくれやす」

 京都弁に近い摂津言葉で巫女さんが答えた。岸和田の神社に慣れた乙女先生は、少しドギマギした。


「ほう、それはご奇特なことですなあ」


 神主は、拝殿の板の間で感心した。


「青春高校の前身のS高校のころから、先生が来はったことなんかありませんなあ、先生が初めてですわ。お若いのに、よう気いまわらはりましたなあ」

「岸城神社には、しょっちゅう行ってましたから」

「ほう、岸和田の……」

「はい、だんじりの引き回しが生き甲斐です。それと、わたしそんな若いことありませんよって」

 正直に答えた年齢に、神主は目を丸くした。

「わたしより、四つ若いだけですか……いや、それにしても……ご立派なことです」

 神主は「ご立派」に敬意といろんな意味の興味をこめてため息混じりに言った。その素直な反応に、乙女先生は思わず笑ってしまった。いい神主さんだと思った。

「そこいくと、うちのカミサンは……」


 神主は、廊下続きの社務所に目をやった。

 

 吉本のベテラン女優によく似た奥さんが、横顔でパソコンと睨めっこしていた。

「あ、えと、ご祈祷は、なんでしたかいなあ?」

「青春高校の生徒の学業成就と、すこやかな成長を……」

「は、はあ、そうでしたな。ほんならさっそく」

 神主はCDのスイッチを入れ、大幣(おおぬさ=お祓いに使うハタキみたいなの)を構えた。

「すんませんなあ、貧乏神社やさかいに、巫女もおりませんのでなあ。若い頃はカミサンが巫女もやりよったんですがな。まあ、こんなとこで堪忍してください」

「は、はあ」


「オホン」


 神主は居住まいを正した。

「かけまくも~かしこき伊邪那美の尊に~かしこみかしこみ申さく……」

 祝詞は五分ほどで終わり、玉串料をご神前に供えると、神主は笑顔で振り返った。

「ほな、お茶でも持ってきますさかいに、お楽になさってください」

「あの……」

「は?」

「この神社には、巫女さんがいらっしゃらない?」

「ええ、さっきも申し上げましたが、カミサンの巫女姿は氏子さんからも不評。本人も、今はネットで、御札やらお守り売るのに一生懸命。いや、シャレで始めたんですけど、このネット通販がバカにならん稼ぎになりましてな。いやはや……あ、正月なんかは、アルバイトの子に巫女さんやらせてますけどな。どないです、先生も正月にバイトで……」


 社務所のほうで、奥さんの咳払いがして神主はいそいでお茶を入れにいった。


 ご神前に目を向けると、そこにいた……。


 アルカイックスマイルで座って、さっき境内を掃いていた二人の若い巫女さんが……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る