03
入口の機械二体から逃れて中へと入れば、人型や機能性を重視した形の清掃用のロボットが何体も停止していた。
迷いなく進む依頼主の左右で、ゼロとアルフォンスは辺りを警戒しながら進んでいく。フロア内には複数の部屋があるようだが、依頼主は気にも留めず、目的地に向かってただ歩いていた。曲がり角など死角になる部分には、特に気を配って二人はついていっているが、今のところは襲いかかってくるロボットはいない。
足早に上の階を目指し依頼主は――動いていてほしいという希望からか、癖なのか――昇降装置を探す。二つあったが、どちらも動いていない。
しかし、なだらかな坂のようになっていて床が自動で動くタイプの昇降装置は、作動はしていないが自力で上がることは可能だ。人間に負担のない程度の傾斜のため、足腰に力を入れて昇るが、依頼主はなかなか進まない。アルフォンスが後ろから押す形で上がらせた。
二階へと上がった瞬間、ゼロが腕で二人を制する。制止させられたままに、二人の動きが止まった。勢い余ってアルフォンスがよろけ、後ろに傾いたが体を忙しなく動かして持ち直す。
重量のある金属が音を立てて動いている。音の聞こえる廊下を慎重に覗き込めば、警備ロボと思しきロボットが不審な動きをしていた。安定しておらず、進むが壁にぶつかっては歩き続けたり、方向転換したりとしている。幾度かそんな事を繰り返し続けたのか、ボディは傷だらけだ。床にはオイルが雫となって垂れ流れ、落ちていた。
「目的の階はここか? まだ上か?」
依頼主へとゼロは視線を流し、問いを投げる。依頼主は廊下の方を気にしながらも答えた。
「あと二つ上だ」
「そうか。一気に抜けた方が良さそうだな」
「抜けるって……あいつも武器持ってるんじゃないっすか?」
声で認識されないように、アルフォンスが小声で疑問を口にする。地上にいた二体のように、ゼロ達複数を抑えられる武器を所持していてもおかしくない。棒状のものであれば、まだ接近さえ避ければ何とかなる。
しかし、銃のような飛び道具であれば別だ。三人のうちの誰かに当たっても不思議ではない。
「ニオ。お前の思う事はもっともだ。武器の所持は気になるところだ。しかし、撃退対象に気付かれないように、武器は初見では判別しづらいものが採用されていると聞く。どのみち、ある程度近付かなければわからない。物によっては、見た目ではわからない物もある」
「ああ、そっか」
そこまでの説明で理解したようだった。アルフォンスは腕を組んで、今度は考え込んでしまう。
「巡回ルートをインプットされていて、その通りに実行しようとしているように見えるな」
「決められたルートが何パターンかあって、不規則に動いたり状況に応じてルートの変更をするはずだが」
「その一パターンを忠実に実行し続けている状態という事だな」
進行方向に壁があっても下肢に相当する部位は動き続けている。その事に言及すれば、依頼主が答えた。
障害物があろうとも、組み込まれた指令を遂行する。本来ならば柔軟に分岐するが、その回路がイカレているのだろう。
所在なさげに銃を持って、アルフォンスが覗き込んで様子を窺う。部屋に入ろうと扉に向かった機械は、ドアに衝突し続けている。ゼロの持つ手が銃を下ろさせた。
「今どんな動きをしている?」
「え。ええっと……部屋に入ろうとしているみたいっす」
「この辺りは引き上げの時に落とされている。入れんだろうがな」
依頼主は鼻先で笑いながら言う。それを聞いたゼロはふむ、と呟いた。
「順に部屋に入り、見回っているならば、大部屋が一番時間がかかる。大部屋だと思われる場所に差し掛かった時に抜けたいものだが」
「ミーティングルームがある」
アルフォンスを盾にするように、後ろから依頼主が覗き込む。人差し指を一つのドアへと向ける。
入り口からは分かりづらいが、指し示したその場所がミーティングルームらしい。見回っているロボットが向かう先にある。上の階へと繋がる場所も尋ねれば、ロボットの後ろの方にある門を曲がった正面であると、依頼主は話した。
「では私が前に出る。ニオ、お前は依頼者の後ろを。あちらが攻撃行動をしかけてきても、慌てて倒す必要はない。銃にまだ慣れていないなら当たらない可能性の方が高い。攻撃よりも防御や逃げる、逃がす事を優先だ」
「は、はい」
方針を定め、すり合わせると廊下を覗き込む。タイミングを見計らい、ミーティングルームに体をぶつけ始めたのを確認してからゼロが飛び出した。その後ろに依頼主とアルフォンスが続く。
上の階を目指して走っていく。一階の時のように、停止している昇降装置を利用し三階へと向かう。途中で最後尾のアルフォンスが振り返った。
人間――不審者――の存在を認識したらしい。完全に三人の方を向いており、何か構えている。ぎょっとした表情に変わったアルフォンスの手が、咄嗟に銃にかかった。しかし、ゼロの教えを思い出して手を離す。瞬間、何かが飛んできて身を低くした。声を上げるアルフォンスの頭上を何かが飛んでいく。乾燥した空気を切り裂く何かの正体を探る余裕はない。もう振り返る事はせず、駆け上がっていった。
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