第六幕

01










 今日はアジトにはニオことアルフォンスだけがいた。他のメンバーはゼロすらいない。アルフォンスは朝から倉庫とリフレッシュルームに行き来しては、どちらかの部屋に籠ったりしている。

 陽が傾くと、事務所エリアに顔を出し、共有の食料から箱に入ったお菓子をとって食べ始めた。話し相手もいないため、黙って口の中へと入れている。出来るだけ噛み締めるその音が、室内全体に響いているように感じさせた。満腹ではないが一箱分を食べ終えると、片付けて倉庫へと戻る。


 倉庫に入って、ものの十数分の事だった。

 足音が階段の方からした。メンバーの誰かが来たのかと、アルフォンスは顔を覗かせる。しかし、瞳に映ったのは見覚えのない男性だった。

 角張った輪郭に、色素が薄い部分が見受けられる髪。うっすらと皺が見えるが、小じわはなく肌はきめ細やかで白い。服は薄汚れてはいるが、フォーマルに近い組み合わせだ。年齢は判別できそうに無い。



「こ、こんにちは!」

「この辺りを根城にしているという一団か? リーダーに会いたいんだが」

「あ。ゼロさんのお客さんですか? ええっと、ゼロさんは今出掛けてて……」



 今現在はいないが、アルフォンスは朝方来た時に、ゼロとは会っていた。何か身支度をして、一言「出てくる」と言って出ていってしまったが。

 連絡手段もなく、いつ帰るかもわからない。正直に不在を伝えると、客と思しき男性は、アルフォンスを見据えた。眼差しは上から下まで観察するようである。不躾と言える視線に、アルフォンスは気分を害する事はなく、ただ首を傾げていた。やがて男は息を吐く。



「いないならば、仕方がない。出来るだけ早急の依頼だったんだが」



 アルフォンスの観察を終えた男は、背を向けて数歩歩く。階段へと差し掛かり、片足を置いた辺りで、アルフォンスが自分を示した。



「あの、オレ聞きますよ!」

「……君が?」



 話に聞いていたのがゼロだけだったからか、アルフォンスを見て自分の中で判断を下した後なのか、不審げに聞き返した。



「はい!」

「君、入りたてか何かじゃないのかね? それとも」

「何でわかったんスか!?」



 目をしばたたかせて、驚愕に色を染めたアルフォンスは遮って聞き返す。男からは嘆息が返ってきた。それを誤魔化すように、からりと笑って、アルフォンスは中を勧める。絶えず言葉で説得を試みながら、半ば強制的に戻して事務所エリアへと連れて行った。

 中へ通されると、渋々男はソファへと腰を落ち着かせた。アルフォンスは対面のソファに座り、前のめりになる。



「急ぎって事は、救出とかですか? オレ、少しは力ありますよ!」

「何をバカな事を言っているんだね。他の人間になど、構っている余裕などない」



 熱のこもった切り出しに、溜め息と共に男はきっぱりと切り捨てた。あまりのバッサリっぷりに一瞬怯んだアルフォンスだったが、めげずに話し掛ける。

 まだ加入したてで何も獲られていないアルフォンスにとって、初仕事になるかも知れないのだ。少し前まで銃は扱えない世界だったため、銃を触るのも初めてでまだ銃も使えない。だが、意欲はあるし、人並みに力も体力もある。何か力になれそうな事があればと、張り切っていた。



「じゃあ、どういう依頼っすか? リーダーにって事は、難しい内容なんですか?」

「ある物を取りに、入りたい場所がある」

「ある物?」

「大事なものだ」



 興味深そうに問いを投げれば、詳細を話す気はないらしく、一言で伝えた。



「じゃあ、手元に置いておきたいですよね。でも入れないって事は……崩れてるとか、オイルまみれとか?」

「機械どもだ! うちは、ロボットを何体も導入していた。イカレた警備ロボどもが周囲をうろついてるんだ。エネルギー切れを待ったが、長寿命なエネルギーを搭載しているせいで、一向に切れない」



 今目の前にあるように、不満を口から垂れ流す。早口で、叩き付けるように手も大きく動いていた。依頼者からの勢いに、気圧されてアルフォンスは苦笑いを浮かべる。



「いいか。私は〝都市〟の方に行くんだ。この町から、おさらばするんだよ。急いでアレだけ取らなきゃならないんだ」

「わ、わかりました」



 強い口調でぶつけてくる相手に、アルフォンスはとにかく頷いた。依頼人は吐き捨てると、少しは落ち着いたようで背もたれにもたれかかる。大きく息を吐いた。



「報酬は五食。一人分で五食でどうだ」

「そ、そんなに……!」



 普段の報酬量はアルフォンスには分からない。しかし、一人換算で五食分というのは魅力的に聞こえた。どんな物を貰えるかはわからないが、節約すれば二、三日繋ぐことが出来る。アルフォンスがやりたかった調理も出来るかもしれない。

 一にも二にもなく、アルフォンスは飛び付いた。



「や、やります!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る