02
「――市場?」
「そんな大きなものじゃない。蚤の市だ。それでもまだ大きいかも知れないが」
表通りから離れ、入り組んだ裏の路地をゼロを先頭にして進んでいく。
ゼロ曰く、アジトからは離れた場所にある蚤の市で、今日の目的地はそこらしい。
蚤の市とは言うが、イベントのようなものでもない。ただ近い表現がそれなのか、他者がそう呼んでいるのか。あまり重要ではないからか、深くは話さなかった。
天気の関係もあってか、まばらに人が見える。区画自体も、古い町並みに移りつつあった。
時折、人が横を通りすぎる。先を歩きながらも、ゼロが振り返って後ろに意識を向けた。ライが武骨な手でアルフォンスの肩を叩いている。スリに気をつけろよ、と耳打ちしていた。これまで忘れていた事を思い出した様子で、ただ過剰に服を真ん中に引っ張って寄せている。それにライは笑っていた。
背後の様子を知ったゼロは正面を向く。少しばかり口角が上がっていた。
そうこうして、暫く歩き続けると開けた場所が見えてきた。路地の先にあった場所には、幾分か人の姿がある。それは老いも若いもあれば、性別も一様では無かった。
いくらかが、地面に座ってその前に物を置いている。物を置けそうな場所の近くを陣取っている者は、平らだろうと傾いていようと置ければ並べていた。陳列された物は、日用品や食料品が多いが、何かの機械や道具類もある。
「言いたいことは大体わかった」
「さすがに、でっかいのは無いっすねぇ。移動に使えるやつがあったら良かったんですけど」
「わたし、こういう所に来たのは初めてかも」
「使える物は移動に使うし、使えないならトラリーと交渉する者もいる。一番売り手として候補になるからな」
「奴ら派手にやってやがるから目立つしな」
顎を手の平で撫でながらライが言った。ライの発言を皮切りに、口々に感想を言い出す。それに対して、ゼロは補足を入れた。
どちらかに肩入れしている訳ではなくとも、凌ぐ為に自分の持ち物を買い取ってくれる物に持っていく。伝統主義者の彼らの数は少なくはない。多数の人間で構成された集団は、その分物資に余裕がある。
それでいて、個人の商人達と違い行動が過激なので見つけやすい。だから、中には真っ先に上がる候補として、日常を紡ぐために彼らと交渉するのだ。その事をトラリー達も分かりはじめ、物資を用意してスムーズに交渉に応じる。今この場にも、素材集めに来た伝統主義者がいてもおかしくはない。
ゼロ達は新伝統主義者ではない。
しかし無用な接触をして、目立つような事は避けたい。出来うる限り、他の者との接触は慎重に行う事を胸に、各々自由に行動する事となった。ここで手に入れるのは、視認出来ている物品ではない。あくまで主目的は情報である事を、よくよく胸に刻んで。
最初に動き出したのはライだった。ひょこひょこと歩いていく。まだ慣れていないアルフォンスは周囲を見渡していた。次にゼロが動く。悠然と奥の方を目指して歩き出したゼロに、シンシアが後をついていく。
一人残されたアルフォンスは、視線をさ迷わせたのちに、ぎこちなく歩き出した。
売られている物は多くはない。古い物が多いため、元々の品質はともかく、状態が良くない物も多かった。商品となっている物品たちには価格などの表記がされていない。客が聞いて、売り主が欲しい物を口頭で伝えていた。
裏通りを歩き、生活していた者達は、大抵が瞳を濁らせている。諦念を宿す瞳だ。しかし、中には獣のようにギラギラと目を生存意欲に滾らせている者もいる。そういった者は、目の前に人影が差し掛かれば、手当たり次第に声を掛けていた。それをゼロは横目で見ている。
「そんな人が行き交うとかではないけど……それなりに人がいるのね。ゼロはよく来るの?」
「いや……来たことはあるが、一回か二回くらいだ」
シンシアは周囲を一渡り眺める。人々は忙しなく動くことはなく、目で追えるくらいには時間がゆっくりと流れているようだった。しかし、それは優雅さのような余裕から来るものではなく、気力の無さから来るものだ。
その中でやり取りをする者達を見て、声を潜めてシンシアは問い掛ける。
「ねぇ、こういうところで情報収集ってどうやるの?」
「やり方は色々ある。だが、いきなり当たりが出るとは限らない。ただ、ここに来る者達の目的はハッキリしている。まだ聞きやすいはずだ」
そう言って、ゼロは通行人に声を掛け続けている男に近付いた。猫背気味に座り込んだ男の目玉がぎょろりと動く。
「何と交換だ?」
「食いモンだ。腹ぁ減ってんだよ。少し前にな、この近くのピザ屋が復活したんだよ。知ってるか? うっすい肉使ってるがチーズとソースたっぷりのピザが有名だった。指を油とソースまみれにしながら食らいつくのが美味かったんだ。だけどな、今や薄くてもあった肉はないし、チーズもチーズもどき、ソースも少ない。それで前の倍で売りやがる。その上、金で寄越せとよ」
不満が溜まっているのだろう。話し掛けられて、口を開いた男は饒舌に感情を吐き出す。しばらく押し黙って聞いていたゼロは、瞼を若干落として、息を吐いた。
「ピザが良いのか?」
「逆だ。ピザ以外が良い。チーズ味も無しだ。腹は減ってても、あのムカつく店主の顔を思い出すよりはな」
「それなら、要望を叶えられるだろう」
スリに遭わないように内側に隠していた、用意してきた交換に使う品を取り出す。その場にしゃがんだ。男の目が交換の品を捉える。完全に腹を満たしてくれる物ではないが、少しは見込めるしピザでもチーズ味でもない。ビスケットのパックだ。目の前の客に、力の入っていない片手を払うように振るう。
商品を選べと。そう言っていた。だが、ゼロの目はどれも見ていない。男を真っ直ぐに見ていた。
「この近くで、科学者に関係のある建物や物に心当たりはあるか。詳しく知っている人物がいれば、それでもいい」
「……科学者なんてたくさんいるだろ。詳しい知り合いもいねえよ」
「少しも?」
ゼロが“物”を見ていない事に気付き、途端に男の感情が引いていく。相手は自分の欲しい範疇の物を持っているが、自分には代わりに渡せる物がないのだろう。旗色の悪さを悟って、既に撤退気味だ。交渉が上手い訳でもなさそうである。
しかし生存を望むその目は、ゼロの持つ食料を見ている。
「どっかでよく話には聞いた。なんか買えよ。言ったろ、腹減ってんだ」
「残念ながら、購買意欲をそそられる物はなさそうだ」
立ち上がって、ゼロは出していた食料をしまいこむ。男から離れ、シンシアの元へと戻った。彼女に次に促すと、男が立ち上がる。
「いや、待て。待て。そうだ。あれだ。少し前にドラッグ野郎から聞いた話だが、そういうのに詳しい奴がいるらしいぜ」
「名前は」
立ち去ろうとするゼロに尚も男は食い下がる。懸命に頭を働かせ、場を続けていく。男が懸命に紡いでいるのに対し、ゼロは短く言い放つだけだ。
「スティーブンだがウィリアムだか……」
「場所は」
「この辺らしいぜ」
「そうか」
男に向かってゼロは何かを投げる。男は両手でそれを受け取った。中を見ればパックで複数入った物ではない。一個で完成している食べ物だ。ただ、空腹を満たすには不十分で、ビスケットよりも劣る。
自身の情報の対価が目に見えた形になると、遠退く二つの背中を見送る事となった。
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