03









 最初に男に取引をしかけてから、その後も商品を出している者達に声をかけた。食料や飲み物をエネルギー装置と交換で手に入れたりとするも、肝心の情報が手に入らずにいる。

 全ての店を回ったが、どの相手からも有益な話は出てこなかった。端の方でゼロとシンシアは立ち止まって向かい合っている。



「この近辺にはそれらしき物がないのか、情報がないな。ハズレたか」

「最初の人が言ってた、そういうの知っていそうな人は? 探す?」

「いや……あまりにも不明瞭だ。又聞きというのも、信頼性が下がる」



 あまりにも見付からないので、最初の男の話にあった人物の話題となったが、情報があまりにも曖昧だ。頼りにならない。

 そうねぇ、とシンシアは吐息と共に言葉を溢して天を仰ぐ。薄く広がる雲を睨み付けた。



「色々買えたし、今日はもう帰る? そのあとは、たまにはちゃんとした物食べにでも行きましょ。わたしが支払うから」

「今、まともな食事をするにはまずまともな食事を出す店を見つける事と、結構な額が必要だ。残しておいた方がいい」

「食料とか送ってもらえてるから、意外と貯まってるのよ? たまに外で……手伝う程度だけど自分でも稼いでるし」



 承諾しやすいように明るい声調と笑顔で誘い掛けるが、ゼロから返ってきたのは無言だった。普段の差し入れは何とか受け入れられても、それは受け入れられないらしい。

 声の無い返答に、シンシアは唇を尖らせたが嘆息と共に肩から力を抜いた。顔を背けて違う方向を見れば、シンシアの眼界にライの姿が入る。周囲を彷徨うろついており、欠伸あくびを漏らしては辺りをゆるりと見回していた。シンシアが片手をあげてライを呼ぶ。その動作を瞥見べっけんして、ゼロは反対側の路地の方を見た。

 二人以上並んで入れなさそうな路地。路地にはくらい影が落ちていた。奥の方で人間の手らしきものが地面に落ちているのが見える。奥の方に繋がっているようようで、千切れている訳ではないようだ。

 痙攣するように指が動く。横を向いている痩せこけた頬が、乾ききって皮もめくれた唇が、何かを婉曲に訴えていた。瞼は重そうにしていて、今にも落ちそうだ。何とか開いている瞳は虚空を見つめている。


 ――ドン、と。

 まるで地響きのように、強く響いたように感じさせる力強い振動。飲料水と、ビスケットが置かれていた。



「この近くに、科学者に関連する物や場所を知らないか」



 その人物の前にゼロはしゃがみ込んでいた。他の者達に対してと同じように問い掛ける。

 だが、応答はない。焦点が合っていない目で宙を見続けている。構う事なくゼロは続けた。



「――レティシャという名前の娘を知っているか」



 続けて問いを投げれば、光のない瞳が動く。すぐ近くにある命を繋ぐ二つを視界に捉えた。物のように地面に垂れていた手が僅かに動く。指先が触れた。

 それを眺めていたゼロが持ち上げる。開いて傾けた。雫が垂れて乾いた唇へと落ちる。流れていき、唇の間へと入り込んで水分を体へと与える。体が受け入れると、次々に大粒の水は口内へと落ちていく。何滴もの雫が、体へと染み込んでいくようだった。それは全てを解決するようなものではないが、多少なりとも力を与える。喉にまで至ると、手は弱々しくも自身で掴んだ。伴ってゼロの手が離れる。

 力が入っていない手により、零して伝い落ちながらも喉へと通していく。緩慢な動きで不意に傾きが正された。



「この辺りに住んでいたレティシャ・ラミレスの事か……?」



 か細くも掠れた声が出た次に、咳が出てくる。声というには頼りない声だったが、それが問いに応えたものを意味すると知り、ゼロは一言で肯定を示した。



「彼女はもういない……」



 ぽつりと。言葉が落ちる。

 ゼロの唇に力が入る。感情が滲む。悔恨なのか、悲嘆なのか、憤怒なのか。はたまたどれでもないのか。感情の色が出るほどに強く滲み出てはいなかった。ただ、言葉を受け入れている。



「……知っているのはそれだけか?」



 唇はその次を求める。だが、返答はなかった。力なく呼吸を繰り返して押し黙っている。

 ゼロが背後に意識を向けた。消えたゼロを探す声が耳に届いたのだ。何かしらアクションを起こさねば案じたシンシアが探し回るだろう。

 意識を目の前の人物に戻す。話す気がないのか、伝える気力がないのか、口を閉じたままだった。


 時間の許す限り、ゼロは続きを待つ。だが一向に話し出す気配はない。聞こえてくる彼女の声に、立ち上がった。

 次会えるかわからない。その人物を見据える。尚も聞き出そうとしていた。呼吸を繰り返すばかりで、やはり返ってくる様子はない。



「どこにいるの?」

「ここだ」



 路地から上半身を出して、ゼロは呼び声に応えた。シンシアとライの姿が見える。その後ろからアルフォンスが二人に向かって駆け寄っていた。



「カフェ――無人カフェに、よく……」



 地面から声が這いのぼる。振り返れば暗闇に沈んだままの人物が依然そこにいた。

 言葉はそこで途絶え、それ以上は聞こえては来なかった。


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