第五幕

01










「わたしの愛しい人! 会いに来たわ!」



 毎度の如くゼロに会いに来たシンシアが、入室するや、迎えてくれたゼロに抱きついて挨拶をする。ハグをかましたシンシアの視界の端に赤毛があった。眼界をそちらに広げる。ソファに若干くの字に足を広げ、膝の間に両手をついている青年が座っていた。

 拾う形で加入する事になったアルフォンスだ。初めての邂逅を果たした二人は、互いに小首を傾げている。ゼロが間に入り、アルフォンスに視線を投げてから、シンシアへと視線を移した。



「ニオだ。つい先日わけあって加わった」

「ニオ?」



 彼の紹介をして、聞き返したのはシンシアではなくアルフォンスだった。



「こういった活動をしていると、情報が回る。しかし、それで本名が回って知られては困るからな。出来るだけ、偽名を使う」

「今でも〝都市〟の方では市民データにアクセス出来たりするものね」



 国民の一定の項目に当てはまる情報はデータとして保管されている。誰でも自由にアクセス出来る訳ではないが、アクセスして確認が出来るのだ。医療従事者や、役所関係者、科学者等は特に家族構成や住所などを必要に応じて見ることがある。全てでは無いが、ある程度知られる事になるのだ。陰で動いている立場からすれば、動きづらい。万が一を考えて――僅かな抵抗かもしれないが――違う名で通しているのである。

 身を隠すための違う名。そして自身に与えられたのはニオ。それを知ったアルフォンスは漸次目を輝かせた。



「コードネームって事っすか!? なんかエージェントみたいでカッコイイっすね!」

「そうかあ? 俺はテキトーにつけたけどな」



 奥のデスクに、軽く座るライの姿がある。カラフルなシリアルを手の上に出して口の中へと放り込んでいた。噛むと軽い音が重なりあって、やや重さを生む。



「完全栄養シリアルは貴重だ。食べすぎるなよ」

「わかってるわかってる」



 軽い注意だけすると、ライは片手を緩く振った。

 奥から手前へとゼロの視点が変われば、シンシアが心配げにゼロを見ていた。目が合うとシンシアは「そういうゼロはちゃんと食べてね」と付け加える。無言で目を逸らし、然りとて嘘もつけないようで、何も言葉を並べなかった。空気を切り替えるようにだけ、話を戻した。



「何か希望があれば名を変えるが」

「いえ! ニオで! 気に入ったっす!」

「ニオじゃなくて、ドッグの方が良いんじゃねぇか?」



 シリアルを摘まんで貪り食べながら、ぽつりと呟いた。耳に届いたらしいアルフォンスが嫌そうな顔をしてライを見る。自分から言っておきながら、平然と流していた。



「あの男がライで、彼女が支援者のカミカゼだ」



 紹介へと戻り、今度は二人の名を教える。カミカゼと呼ばれたシンシアが紹介に合わせて片手を振った。ライとカミカゼ。両者を順に見て、アルフォンスは記憶する。最後にゼロを見て、ゼロの名を口にした。それに一言で応える。

 そうして全てのメンバーとの互いの面識を終えると、摘み終えたライがシリアルの入った容れ物を決まった場所に置いた。そのまま、ソファに凭れ掛かる。はじめに当たる部分である顔見せが終わった。リーダーに求められるのは今日の指示だ。ゼロの目は外に向き、現在の空模様を見る。外は荒れ果てているという訳でも無く、澄み渡るような青い空が広がっている訳でも無い。太陽は見えないが、雨も見えない。今後、雨がぱらつく可能性はあるものの、行動するには悪くない天気だった。



「私達に今必要なのは、情報と二つ目の移動手段だ。だが後者に関しては簡単には見つからない。情報の入手を優先する」

「聞き込みって事っすか?」

「それもいいが、今回は違う」



 三人を見遣って、ゼロが口火を切る。情報集めと真っ先に聞いて思いついた事を、アルフォンスが口にした。受け入れながらも首を横に振ったゼロは、一呼吸置いてから今日の目的地を伝えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る