第四幕

01











 寂れた建物に雨が打ち付ける。空を覆う鉛色が町全体を暗く淀ませていた。琥珀色がほとんどを占めるグラスを揺らし、雨の降り注ぐ外をゼロは眺めている。雨音に混じって鈍い音が耳朶じだを打った。音の聞こえた方に顔を向けたゼロは、手にしていたグラスを置いて一室を出る。廊下に出れば、下り階段の手前で人が倒れていた。赤毛でどこか若々しさを感じさせる人物だ。雨宿りにしては、入り込み過ぎているように思わせた。

 ゼロは小型の銃を片手に携えて、近寄った。僅かに距離を空け、相手の低い姿勢に合わせて身を屈める。いつでも突きつけられるように、ゼロの意識は半分銃に傾いていた。



「ここは既に我々の拠点だ。それとも何か、」



 そこまで言ったところで、相手の腹部から返答があった。口からは何も出てこないが、腹部は雄弁に空腹を語っている。食べ物に困る者は今は珍しくない。ただ、現代の世の中に困らされているにしては身なりは悪くはない。着ている服に金属片や土汚れなどは見受けられるが、大きな破れなどは見当たらない。そんな事はお互い様か、と疑問を自己で解決させ、腕を体と床の間に差し込んだ。体を起き上がらせ、かかった重量によろけかける。背丈は少しばかりゼロの方が高いが、重量の方は負けていた。あの力のある黒い大男がいないタイミングの悪さは、今日一番の不幸かもしれない。そう思いながらも、ゼロは元来た道を歩いた。




 ◆ ◆ ◆




 テーブルを挟んで、ソファに座るゼロは、グラスを口にしながら対面の人物に目を向ける。テーブルには、既製品のあらゆる食料が乗っていた。それをまだ青年程の年の頃の相手は貪り食べている。腹の虫を満足させるために、口を頻りに動かしては喉を通していた。空になった容器や袋がテーブルへと増えていく。三つほどに増えた辺りで、青年は満足そうに笑みを見せた。それを見たゼロがグラスを置く。



「いやぁ~ありがとうございました! あ、オレはアルフォンス。アルフォンス・パレットっす!」

「ゼロだ」



 空腹を満たした青年は、アルフォンスと名乗った。イントネーションに若干の地方訛りが見え隠れしている。その上、砕けすぎてもなく丁寧にもなりきらない話し方だ。それが彼を余計に若く見せた。この地域では酒も飲めないような年齢であってもおかしくはなさそうだ。若い拾いものに、今度はゼロから切り出した。



「それで、行き倒れにしては上がって来ていたようだが」



 アジトにしている場所は、ただの廃墟だ。住もうと思えば住めるが、外観からはわからない。店があるようにも到底見えず、食事を求めて入り込むような場所ではないのだ。何故あんなところで倒れていたのか。その真相を問うと、アルフォンスは躊躇いがちに口を開いた。



「実は、話を聞いてある人達を探してて……」

「団体を探していたのか」

「っス。この辺にいるっぽいんですけど……武器とかも持ってて、色々請け負ってくれるって」

「この辺りで、そういうをしているのは私達だけだが」



 組織を探して来たらしいアルフォンスに、便利屋のような力の貸与を行っている者達は他にいない事を告げると彼は目を見張った。ゼロは言葉を続ける。



「そういう商売の数は多くはない。私達のように個人程度の少数でも少ない。他に何か特徴がないなら、私達の事を指して」

「た、頼みがあるんです! とりあえずオレと一緒に来てもらえませんか」



 テーブルを叩いて立ち上がったアルフォンスが訴える。言葉を遮ってでも伝えようとするアルフォンスの顔色は良くない。余程切羽詰まっている様相だ。



「謝礼の用意はあるのか? 我々は慈善事業をしている訳じゃない」

「かっ、金ならあります! 少しは……」



 持ち合わせているのは、大金とは言いがたい額のお金だけ。それを誤魔化すように言葉を濁した。緘黙かんもくするゼロの目が外を向く。外は変わらず、しとしとと雨が降り続けていた。アルフォンスに視線を戻せば、テーブルについた腕は今にも震えそうだ。唇は引き結んでいるが、瞳は潤いを帯びている。捨てられた仔犬を思わせる姿に、グラスの中身を飲み干してテーブルに置き立ち上がった。



「急ぎのようだな。実際の依頼内容で報酬は決めよう」

「あっありがとうございます!」



 依頼を受託し、身支度をする。護身の物や手袋、ライトなど必要になりそうな物を用意した。アルフォンスは出入り口で落ち着かない様子で待っている。手早く準備を済ませ、依頼人と共に雨の中外へと出た。


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