08
先行は腕輪のあるシンシアが行った。機械には認識されないとわかっていても、緊張した面持ちで先を歩いていっている。
床に落ちている、光が出続けた状態のライトが目印になっていた。ライトの先には何かを微かに照らしている。どうやら番犬は所定の位置へと戻って待機状態に入っているようだ。ある程度まで近付けば、ライが灯りをゼロに手渡した。
「時間稼ぎってのは、あんまりノれねぇが、やるか」
「倒せるのならば倒せばいい」
二人がやるべき事はシンシアが番犬を停止させる手段を見付けて、停止させるまで、少しでも時間を掛ける事だ。出来るのも精々時間稼ぎだ。それでも返ってきた言葉にライは歯を剥き出して笑う。ゼロも少しだけ口角を上げた。
光を番犬に当てるよりも前に、人間の存在を認識した番犬が襲い掛かる。口を開けた番犬が迫り、顔の適当な部分を両手で掴んでライは止めた。光が顔面と口内を照らしている。生物ではない空洞と、刃のように鋭い手前部分。舌は見当たらない。
「作り込みが甘ぇ、よ!」
掴んだまま左に倒すように力を入れ、右に身を
「来いよ、犬っころ」
「オ……オォ、オ」
彼の言葉に被さる咆哮が、ノイズ混じりに再生される。挑発を認識したのか否か、番犬はライに向かっていく。光はそれに追従し、動きを浮かび上がらせていた。それに対し真正面から受け止める。衝突の勢いは大きくはないが、ライからは若干の呻き声が漏れた。他よりも丈夫に出来上がった体がライを支えている。位置を変えながら、ゼロは支援射撃を行っていた。銃口が上を向くと、目に当たる部分に向かってライの拳が叩き込まれる。
目に見えるように窪みに薄いガラスのような物で覆われており、一撃でヒビが入った。僅かな粒子が手袋へと付着する。ライは角度的にヒビには気付いていないようだったが、脆くなっていた部分に追撃を行った。破片を周囲に飛び散らせながら穴が空く。中には更に他のパーツがあるようだったが、それには触れずに腕を引いた。同時に番犬は頭を上げて振る。ライの体が浮き振り払われた。落とされて強かに背中を打ち、元気そうな暴言が飛び出しながら起き上がる。心配なさそうだ、とゼロに思わせた。
「おい、まだか?」
進捗についてシンシアに伺うが返事は無い。声に関してはステルス対象じゃないのかもしれない。光が動いているのが見えているため、活動している事だけは見て取れる。それだけ確認すると一定の場所に留めるための行動を再開した。エネルギーの補充を手だけで行ってから、拳銃を構える。
「ライ、出来る限り左側がこちらに露出されるように出来るか」
「あ? 左側? 変な注文だな」
「知っての通り、機械の類の鎮圧は指示、制御系統部の破壊、四肢などの部位破壊、動力源との切断や奪取、緊急停止装置などの強制停止だ」
「で、俺達は最後の希望に行き着いた、と」
強制的に停止させるために三人は今動いている。部位破壊は戦闘時には有効かつ手軽に取りやすい手段だ。しかし、部位を狙って部位を破壊するには火力が足りない。ライが片方の眼球部分を破壊したが、狙った訳ではなく、ダウンもしない。それでも時間が稼げるのならば問題はない。シンシアが動いてくれているのだから。
だが、ゼロは何か思うところがあるらしい。正面ではなく左側に焦点をずらした。
「左だ。出来るか?」
「左だな?」
番犬のターゲットが自身に向いている事を確かめてからライは方向を変えさせるために動く。ゼロとは反対側に移動すると、番犬は顔をそちらへと向けた。すかさず光の弾丸が撃ち込まれる。一点に向かって撃ち、銃を振り上げて止めた。次には番犬は腕を振り被る。危険を察知して後ろに身を引いたライを引き裂きにかかった。短く声が上がる。鋭利な爪が服の生地を引き裂き、その下の皮膚を掠めた。床に服の繊維がパラパラと落ちる。
「無事か?」
「当然、かすり傷だ」
「そろそろ、左だな。銃より、お前の拳の方が効くだろう」
言われて、ライの視線は左側に向く。舞台のスポットライトのように一点に当てられた光の中心を見て、番犬が動くより先に動いた。拳の弾丸が番犬の左の側面に衝突する。そこは腕にあたる部分であると同時に、焼け焦げた跡が強く何箇所にも及んでいる部分だった。二撃、三撃。力を込めた拳が装甲に入り込む。何発も光線が撃ち込まれた事ですり減ったそこに、衝撃を与えた事で腕の根本が反れて角度が変わり、傾いた。番犬自体は、曲がった腕に構うことはない。先刻までと同じような動作を行って、侵入者の撃退にかかる。
口を大きく開けて、頭から
「あったわ!」
嬉しげな声が二人の耳に届く。ややあってから、シンシアが二人に駆け寄った。
――『番犬』は、完全に沈黙した。
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