07
「――で、どうする?」
「もう今日は出直しちゃうのも手よ?」
目標を見失った番犬は、深追いはして来ない。
退避してきたが、もう一度挑まなければならぬ事に変わりはない。しかし手数として多くはなく、今ある武器では対抗手段としては心許ないのは明白だ。シンシアの提言に従って、今日は引き下がって対策を練ってから再挑戦というのが最善のように思われた。
だが、提案に対しライもゼロも静かだった。肯定もしなければ否定もしない。扉を背もたれにして考え込んでいる。
――撤退はしない。
二人の様子を見て、そう判断したシンシアも思考に入る。すると、ふと頭に考えが過ぎった。
「そういえば、あの子だけは動いているのよね」
「ああいった物は独立型が多い。動力源は内部にあるはずだ。そして、緊急停止できるようにもしている。暴走時などに止めるために。個人で造って誤ってつけ忘れていなければ」
「そうよね……」
「個人では造ってそうだけどな。ヤツはここまで来なかったしな」
光で縁取られるようにして、扉が照らされる。完璧にあの『番犬』の全体像を把握した訳ではないが、通れなさそうな大きさだ。システムがあの巨体を止めていなければ、突き刺さるように頭部がはまり込んでいた事だろう。
「でも停止出来るかもしれないのよね?」
「なら簡単だな。で、どこにあるんだ?」
さも当然のように、ライはゼロに尋ねる。ゼロは短く溜め息をついた。
「私は科学者でも飼い主でもない。あるにしても、詳細な位置は分からない。体にある事も考えられるし、別の場所にある事も考えられる」
「まずは場所を見付けなきゃいけないのよね。一人が回り込むとかして、見つける?」
「見つけるつったって、相手はマジの獣じゃなくて機械だぜ?」
きょとりとしたあと、シンシアはにんまりと笑う。そのあとに腕輪を取り出した。厚く、硬質で飾りもなく非常にシンプルだ。光沢はあるが鈍い色を放っている。良く言えば伝統的。悪く言えば古めかしいブレスレットである。
新しいもの好き――という訳ではないが近代的な物を持つイメージのシンシアにしては珍しい装飾品だ。細腕には相応しくないごつさがある。
「これがあるから、大丈夫よ」
「それは?」
「数年前に、わたしの父が知り合いの科学者に頼み込んで特別に作ってもらったステルス装置よ。着けている本人とその周囲くらいだけど、機械の認識システムから外れる事が出来るのよ。これがあるから、わたしはオートマタ達からは狙われないって訳」
まるで自分が作り出したかのように、嬉々としてシンシアは説明する。機械相手限定ではあるが、割合安全に遊びに来ていた理由もこれで説明がついた。彼女はこれを着用して来ていたのだろう。特注品のそれを見て、ゼロが小首を傾げる。
「初めて見た気がするが……」
「だって……ほら、アクセサリーとしてはちょっと……見た目が、ね? だからいつも着いたら外してるから見たことないのは当然だと思うわ」
言い淀みつつもシンシアは打ち明ける。ゼロ達に会う時は見た目の問題から外しているらしい。ゼロの前では特に、そうしているのだろう。口笛が横から割って入る。ライがぐるぐると腕を回していた。
「じゃ、さっさと行くか」
「護衛からは外れるが、停止は任せた」
ややはにかんでいるシンシアを一瞥してから、ゼロは視点を正面へと向けてから扉を振り返る。シンシアは首を縦に振った。
扉を再度開けて、携帯照明を振り上げるようにして照らす。左右にも振ってみるがドア付近には番犬はいない。深呼吸を一つ行ってから、シンシアはブレスレットを手首へと装着した。
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