第三幕

01








「えっ、行くわ絶対行く! ああ、今日はなんて良い日なのかしら」



 次にシンシアが訪れるまでに、そう時は経たなかった。


 今日はこの国にしては結構な晴れ模様の日。

 窓から入る光を光源にしながら、保存食のパンを食べているライとゼロの元にシンシアは訪れた。拠点に姿を見せた彼女に、例の研究施設に行く事とそれに同行するようにという旨を伝えると、たちまちシンシアは目を輝かせる。案に違わず、彼女は大喜びだ。今にも踊り出しそうな程である。

 予想していたとはいえ、危険な地に赴くとは思えない反応に、ライは呆れ半分といった様相だ。



「遊びにでも行くガキか? 襲われても知らんからな。ゼロ、おりしろよ」

「えっ! ゼロが守ってくれるの?」

「そのつもりだ」



 守ってくれるとは思わなかったようで、シンシアは益々高ぶった。お守り、という言い方には気に留めていないようだ。緩む顔を抑えられないようで口は完全に緩まり、目も細まっている。テンションの差に、二人はそれ以上は何も言わなかった。

 身支度をして、地図も忘れずにポケットに入れ、階段を下りていく。停めている黒塗りのバイクを引っ張り出した。ゼロが起動する。旧型であり、今では販売されていないが中身は現状の原因になった物は使われていない。それでいて、燃料が少量で長く使える優れものだ。認証装置が壊れていて、誰でも起動出来るのが難点だが。この大型バイクは元々ゼロの物ではなく、棄てられていたのを拾ってゼロが改造したものだ。良い拾い物だったと言えよう。

 バイクを動かし路面に向けようとするゼロに、それに寄り添うように立つシンシア。それをライは見ていた。



「念のため訊くが、まだ一つしか無いよな?」

「そう簡単に落ちてないからな」

「……更に一応訊くが、俺だけ歩けとか言わないよな? あそこまで結構な距離だぞ」

「体力あるのに何言ってるのよ」

「体力の問題じゃねぇ」



 地図にあった場所は、バイクだとそう大した距離では無いが、徒歩だと三時間ほどかかる。しかし、バイクは一台であり乗れるのは二人だ。

 詳しい場所を知らないシンシアは、地図を拡げているゼロの手元を覗き込む。現在地と目的地を節くれ立った指が結んだのを見てから、口を開いた



「それならわたしが残るから、先に行ったらどう? その代わり、ちゃんと迎えにきてね」

「その方がいい。先に乗せると護衛がいない状態になる」



 危険が待ち受けているかも知れない場所に行くのだ。戦う術をもたない――と思われる相手を置いていく事になる。それならば、せめて拠点の近くの方がまだ良い。安全とは言えない町だが、少なくとも人気がなく番犬がいるという噂の地よりは安全だ。

 シンシアの案に同意し、先にゼロとライの二人でバイクに乗ることになった。残されるシンシアは、危険が無い訳ではないのに不安げな顔はしていない。彼女は口にはしないが、ゼロに対して信頼する眼差しを向けている。自身が行うにしろ他者が行うにしろ、置き去りにはしないだろうと。


 見送られて、バイクは発進する。微かな駆動音を立て、滑るように道を走っていった。速度は逓増ていぞうし、一定の域に達すると落ち着く。頭の中の地図に従って、目的地を目指す。時折、後部に乗るライに訊いてゼロは道を進んでいった。このバイクには多種の機能があり、ナビの機能もあったが、それも反応しない。機能していたならば、楽に進めた事だろう。

 通ったことがあるというライの記憶に頼る部分もあって、到着したが予定していたよりも数分遅くなってしまった。

 しかしそこには、確かに何らかの施設と思われる建物がある。周囲には木々が生えており、地面からは草が伸び足元を隠そうとしていた。寂れたこの場所には他に人の気配はなさそうだ。

 ライはバイクに再度跨がり、シンシアを迎えに向かう。ゼロは建物と向き合い、足を踏み出した。


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