03
ゼロがグラスに口をつけて、体に燃料を入れた時だ。ドアが勢い良く開いた。どこか豪快に開き、黒い男が安っぽいパッケージに包まれた、厚みはあるが平らで長い棒状の物を差し出した
「ほらよ。クソ甘いヤツ」
「早かったな」
受け取れば、帰ってきたライは足を広げてソファに座る。ゼロはグラスを置いて、受け取ったそれを開けた。黒に近い茶色で四角い物体にかぶりつく。ザクザクとした歯応えと軽い音と共に、甘い味とナッツのような香ばしい香りが口内と鼻腔を満たした。それに満足そうに咀嚼を続け、二口目へと入る。
ソファに座ったライは、同じ物を食べているが、食いちぎるように食べている。テーブルにはいくつもの部品が転がされていっていた。部品では無さそうな物も混じっている。完全に壊れた物はなさそうだが、傷付いていたり若干欠けている物もあった。使われた形跡がある物がほとんどで、新品と呼べる物は無いだろう。それでも、『クソ甘いヤツ』を片手に仕分けていく。
小さな物音だけが場を占めていたが、グラスが動く音が立つ。一本を食べ終えたゼロがグラスを手にして琥珀色のそれで、更に体を満たした。息を吐き、グラスを置くとライの向こう側へと腰を下ろす。
「少し前にレッドが来ていた」
「げ……早いな。入れ違いかよ。もう少し遅ければイイモン交換出来たのによ」
「お前がいない間、シンシアも来ていた。お陰で今回は特別ほしい物はなかったから次回に回せばいい」
「あいつはお前に熱を上げてるからな。愛されてるねぇ」
羨ましそう、とも呆れ返っている、とも違う様子でライは返す。ゼロは分けられたパーツ達を、適当な容れ物に入れた。分類別に纏めると、グラスの残りを飲みにゼロは席を立つ。
「それと。シンシアは以降カミカゼと呼ぶ事になった。手伝いたいそうだ」
迎え入れる事になり、シンシアの新しい呼び名を口にすると、ライは軽く笑った。
「カクテルの名前をつけるとは、らしいっちゃらしい。いや、案外あの嬢ちゃんを気に入ってるのか」
「カミカゼに籠められた言葉が、サポーターとして相応しいと思っただけだ。他意はない」
「そうかよ。ま、俺は別に何でもいいけどよ」
「――そして、次に行く場所の話だ」
ゼロが次に切り出したのは、今日得た研究施設の話だ。留守にしていたライに自分が手に入れた情報について話し、地図を見せて場所も知らせた。黙って話を聞いていたライは、腕を組んで背もたれにもたれ掛かる。
「少しでも可能性があるなら、私は行くつもりだ」
「だろうな。すぐ行くのか?」
「いや……雨で無い日が良い。それにシンシアにも連絡が必要だろう」
「連れていくのか? 戦えないだろ、あいつは」
シンシアも同行すると聞いて驚いて聞き返す。今や自衛もしくは護衛無しではなかなか歩けない。特にこの町はそういうエリアの一つだ。古びた町の何処からか何かが飛び出してきて襲われてもおかしくない。住居はこの町では無いにしても、彼女はゼロに会いに何度も訪れている。しかしシンシアが戦えるという話を二人は聞いたことがない。武器を持ち歩いている様子も見られなかった。ゼロのように武器を携帯する訳でも、ライのように力があって拳で戦う訳でも無い。かといって病弱という訳でも無い。少し前であれば非力な者でも扱える自衛用の武器もありはしたが、それは問題を起こした物が使われている機器であったため、危険性の高さから破棄や故障して市場から消えた。
しかし連れていく以上、意外とあのナリで戦えるのか、と疑問が湧いたライが尋ねると、ゼロは首を横に振った。非戦闘員であるという強い肯定ではなく、その情報は持たないという肯定である。
「遠隔からのサポートは今の新時代では不可能に近い。だが加わるなら連れていく。戦えないだろう事も承知している。だからシンシアについては私が護衛役をするつもりだ」
「……ま、本人は跳んで喜ぶだろうな。危険性がわかれば抜けるだろうし……悪くないか」
「そういう事だ。危険性を目の当たりにするのは重要だ。『番犬』というのが気がかりだが」
レッドから出た『番犬』の話。番犬というからには、研究施設を守っているのだろう。町外れのため、野犬がいてもおかしくはなく、周辺に生息している為に番犬と呼ばれている可能性もある。番犬に関して初めて耳にしたようで、ライも首を傾げていた。
「一回か二回ぐらいなら通った事があるが、建物自体はあったような気はするが……犬っころなんかいたのか。森林の方か?」
「或いは……中を巣にしている可能性もある」
「もしくは、ただの噂かもな」
「
「とりあえず、注意しとけば良いんだろ?」
一言で纏めて、それに対してゼロが首肯するとライは大きくあくびをして、その場に寝そべった。片方のソファを占領した男の姿に
「……光明となればいいが」
ぽつりと呟いた言葉は、暗闇へと溶けていった。
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