02





「そうそう、これ、忘れずに渡さないとね」



 空気を入れ替えるように、シンシアはソファから勢いをつけて下りる。服の深めのポケットに手を入れて、角砂糖のような形の四角い箱を取り出した。表情が豊かな方ではないゼロだが、それを見ると眉を僅かに上げる。手の平を覆うくらいの大きさのそれを、何もない空間へと投げた。

 忽ち先程まで無かった場所に、と呼べる品々が現れた。ゼロが琥珀酒の入った瓶を持ち上げて、テーブルへと置く。嗜好品はそれだけで、後は生活を支える物だった



「いつも助かる。これで、また探索がもう少し出来るだろう」

「愛するゼロのためだもの。旧式でも……旧式だからこそ、使えたんだけど。とにかく役に立てるなら嬉しいわ」

「廃絶されたと思っていたが、まだ残っていたのは驚いた」

「使い捨てだし、場所取るけど、運搬には便利よね。上位互換があるから、すっかり使われなくなったけど。都市から送ってもらうから時間がかかるけど、その上位互換が使えない今は有り難いわ。これも一緒に送ってくれたお父様とお母様には感謝しないとね」



 投げた後のキューブは無くなっていた。シンシアが使用したのは、荷物を収める為の使い捨てのアイテムだ。

 昔使われていた物で、技術開発が進んだ為、古いこちらは姿を消していたが、今回はゼロに物資を運ぶために使用した。元々運搬で使う物で、遠くの人に贈る時に活用されるものとして、日常的によく使われていた。

 一つ一つ確かめて、決められた位置にゼロは収納していく。シンシアはそれを眺めていた。全てを片付けると、ゼロが開封済みの琥珀酒の瓶を手に振り返る



「せっかくだ、シンシアも飲んでいくか」

「止めておくわ。自分の分を片付けないといけないから。ゼロに渡す分だけ持って、さっさと来ちゃったの」

「こちらは貰っている身だ。自分を優先してくれていい」

「優先した結果よ」



 堂々とシンシアは言い放つ。それは胸を張っている訳ではなく、それが自然な事のようだった。彼女は、入り口の方へと向かっていく。薄いがやや重さのある壁――ドアをシンシアがスライドしようとすると、ゼロが赴いて開いた。シンシアは相手を見上げて微笑むが、何か思い出したように室内を見渡す



「そういえば、ライは?」

「ああ、仕事だ。ご機嫌ナナメにな。しばらくは戻らないだろう」

「あら、そう。じゃあ、しばらくはゼロ一人なのね。ゼロ、人手が足りないんじゃない?」


 あの黒い大男がいない。ゼロは一人で行動をすると聞いて、シンシアは前屈みになって、問い掛ける。瞳は爛々と輝いていた。彼女が何を言いたいのか、ゼロは汲み取っていたが顔を背ける。肯定も否定もせず、長い睫毛を揺らすだけだ



「わたしも貴方達の仲間に入れて? サポートぐらいしか出来ないけど」

「気持ちは受け取る。だが、入れると言っても、ただ私が探し物をしているに過ぎない」



 平静にゼロは言葉を返す。目を伏せて、一呼吸置いてから、再度瞼を上げて遠くを見た



「割に合わない作業が長期的に続く。たまに暇人と見て、頼んでくる輩はいるが、そうでもなければ、報酬も無い。シンシアに対しての礼も儘ならない状態な事から、わかると思うが」

「もう! 今までにも何回も言ってるけど、報酬とか礼とか、わたしは要らないの。持っているなら困っている人に渡すのは当たり前。これはね、お父様達からずっと言われてきた事。教育の違いの話よ。そして、渡しているわたしが要らないって言ってるんだから、諦めて受け入れて」



 前のめりで伝えてくる相手に、その勢いに、ゼロは半歩だけ身を引いた。腕を組んで思案する仕草をする。



「どうしても報酬を渡したいなら、名前を教えて? ライやゼロみたいなコードネームじゃなくて。贅沢を言えば、私にも欲しいけど」

「……考えておこう。カミカゼ」

「あら、それ何だったかしら」



 シンシアは考えるような素振りをした後、にんまりと笑った



「それがわたしの呼び名って事でいいの?」

「名前で呼び合うよりは安全だ。何よりシンシアには借りがある。そのくらいなら安い」

「あら。じゃあ本名は?」

「考えておく」



 先程言った言葉を、再度口にする。それにシンシアは残念そうに小さな肩を上げる。そうして、今度こそ、彼女は出ていった



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