第一幕

01




 骨張った手が紙の山から一番上の一枚をとる。紙面に書かれた内容を目にして、元の位置に戻した。

 飲み口が少し欠けたグラスを手元に置き、瓶を棚から取り出して蓋を開け、琥珀色の酒を注ぐ。蓋を閉めて棚へと戻すとデスクチェアへと腰かけ、グラスに手をつけた。



「――そして、人々は後悔するだろう。隣にいる悪魔に。……だって。どう思う?」

「シンシア」

「やだ、そろそろシンディーって呼んで、ゼロ」



 部屋の中にあるソファに腰掛けた女性が本を閉じて、テーブルへと置く。名を呼ばれたショートカットヘアの女性は、高い声と愛嬌たっぷりの笑顔を琥珀酒を嗜む相手に返す。なめらかな曲線を描くような体つきで、バランスの整った肉付きをしている。

 対してゼロと呼ばれた相手は、体の線が細く、顔立ちは中性的な美形。性別は見た目には判別出来ないが、男性寄りの色気がどこか漂っていた。それでいてすらりとした体躯で、背は男性にしては低いとも高いとも言えない。性別不詳という言葉が相応しい人物。そして、探し物をしている人物でもあった。

 ハスキーボイスで引き留めるように彼女の名を呼んで、今一度グラスに口をつけた。少しだけ口に含んで、デスクへと置く。



「それで、今日はどんな用向きか訊いても?」

「愛しのゼロに会いに。本当よ?」

「……ありがたい話だが、今回もハズレを引いた。情報の再整理と情報集めをしなくてはならない」

「そうなの。じゃあ都市の話でもする?」

「それは……ぜひとも聞きたいな」



 国の中心部である〝都市〟に関する話と聞き、ゼロは須臾迷ったが頷いた。今現在いる地は都市からは遠い場所にあるが、自分たちの世界に変化をもたらすのは都市だ。そこの情報は得ていた方がいいと判断したのだろう。

 ゼロの返答を聞いたシンシアは弧を描くようににんまりと笑う。



「って言っても、しばらく帰ってないからはっきりわかっている訳じゃないんだけど――」



 躊躇を含んで前置きを入れてから、シンシアは話し始めた。



「まず一つは、汚染された地区は隔離されていたでしょ? そこの浄化にかかるみたい。ようやく用意できたとかで」

「規模が規模だ。避難、隔離、開発、人員の手配も時間がかかるだろうとは思っていた。……やっと動き出すか」



 科学技術の進歩により生み出された機械達は各地で活躍を見せた。それは人類のあらゆる事を代わり、生活を楽にした。反面仕事や娯楽が減った事に反乱が起こる種にもなったが。

 そんな機械たちが起用されてから長らくして突如として次々に壊れた。原因は使用されていた部品に問題があったと発表があった。しかしそれは嘘なのではないかと疑う声があった。政府からは最初の発表以降は発表はなく、真実なのか虚偽なのかわからぬまま住まう人々の世界は変貌していった。

 大量生産された機械が行き場を無くしてスクラップになったものもあったが、ショートして狂いが生じてしまった人型のロボットが徘徊して人を襲ったり、壊れて液漏れを起こしたことにより大地や水が汚染されてしまったりと各地で影響をもたらした。前者は封鎖され、後者は隔離された。


 その後者に対して、今回動き出すというのが一つ目の話だ。



「もう一つは、交通機関に関して何か講ずるってこと。前のとまったく同じ物は作れないけど……そっちも研究してるとか」



 公共の交通機関は、事が起こってから動かなくなった。交通機関にも導入していたからだ。かといってダメになったからと以前の物を使用するという事も出来ない。何せ人々が今まで使ってきていて、ずっと供給に使える程ないからだ。



「わたしが聞いたのはそれくらいだけど……役に立ったかしら?」

「ああ。良い情報を聞けた」



 日々街から集めて暮らし、光も僅かな燃料でランプやライトで照らしたり燦々と太陽が輝く日を待ったりするこの街とは違い、都市では最低限は食料を得られたりまだ最新の装置などが動いている 。だからこそ突破口となるため動ける。都市の方で動きがあった事は知っていて損はない。

 やや思案する素振りを見せて黙っていたゼロだが、ふとシンシアを見ればシンシアは不安げにゼロを見つめていた。



「ねえゼロ……上手くいくと思う?」

「……上手くいっても復旧まではかなりの時間を要するだろうな」

「この国は終わるのかしら」



 当時は他国からの支援もあった。しかし被害が大きく、滅びの一途を辿る国に次第に支援はなくなっていった。かといって土地の汚染がある場所や、うろつく獣、彷徨う機械があるために他国が攻め込んでも来ない。終わりゆく国として孤立してしまった。

 このまま終わるのかと不安を募らせるシンシアに、ゼロはグラスの中の琥珀色をゼロは舌で味わい、喉へと通す。息を吐くと同時に音を立てて置いた。



「上手くいくにしろいかないにしろ、我々に出来ることは変わらないしやることも変わらない。日々を繋ぐだけだ」

「……そうね。そうするしかなさそう」



 現実的な返答に、シンシアは溜め息混じりに応える。息を吐ききったのちにゼロを見つめた。その日を越すために毎日暮らしながらも、今している活動をやめない。そんなゼロを。


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