モーニングコール
朝、スマホの着信音部屋中に音が鳴り響き目を覚ました。
「もしもし?」
『和くん起きてる? 今日ランニングに行く約束していた日だよ』
「は?」
『だーかーらー、この前ランニング行くって約束したでしょ』
「あー、そう言えばそうだっけ……?」
『そうなのっ。ほら、早く準備して』
「へいへい」
眠い目を擦りながら何を着ていこうかクローゼットの中を漁る。
が、運動などするようの洋服もあるはずがなく、
「中学のときのジャージでいいか」
クローゼットの端の方に追いやっていた中学の頃のジャージを引っ張り出す。
三年間も着たジャージだ、意識せずとも勝手に手が動く。
最後にこのジャージを着たのはいつだっただろうか。たった数ヵ月前のことなのに、中学校に行っていたのがもう何年も前のことのように感じる。
きっと高校に入ってからいろいろなことがあったからだろうな、などと臭い台詞を考えている間に着替え終わった。
「おはよう、香織」
「おはよう。それ、中学校の頃のジャージ?」
「あぁ、運動する用の服なんて持ってないから仕方なくな」
「確かにジャージだと動きやすいけど、名前ばれない?」
……確かに。うちの中学校のジャージには学年色で名前の刺繍が入っている。
「大丈夫だと思う。この服で学校行ったりカラオケ行ってたりしたから」
なんならこの服装のまま他の市まで皆と出掛けたこともある。
「へー、和くんの学校はジャージ登校ありだったんだ。うらやましいなー」
「基本定期テストとかの重要な行事以外はジャージ登校してたな」
「ジャージって楽だからジャージ登校できるのが羨ましいな」
高校に入って制服登校を始めたが、ジャージ登校がどれだけ楽だったかを思い知らされたのかを思い出した。
ジャージなら冬でもウィンドブレイカー履けば結構快適だし。
「それじゃあ行こうぜ、どのぐらい走る予定なんだ?」
「うーん、いつもは四キロぐらい走っているんだけど……和くん走れそう?」
「なめるな、四キロぐらい走れる。多分……」
実際、四キロの距離感がいまいち掴めていないからなんとも言えない。最悪きつくなったなら、歩けば良いだろう。
そう思いつつ走り出そうとすると香織に「ちょっと待って」っと止められた。
「なんだよ?」
「準備体操忘れてるよ。行きなり走ったら危ないからちゃんと準備体操しなきゃダメだよ」
「たしかに」
準備体操を忘れて体育でケガをした人を何人か見たことがある。さすがにテストなどが終わったとはいえケガはしたくない。
そして今、香織と向かい合って準備体操をしている訳なのだが、
(なんつーか、胸が……)
屈伸や前後屈をしているときに、香織の胸がいちいち揺れるのだ。動きやすそうなシャツを着ていても分かるほどに。よくよく見れば下着の紐も透けてみてえいて……っと、そこまでいったところで急に恥ずかしくなり目をそらす。
始めは香織はなぜ俺がいきなり目をそらしたのか分かっていなかったようだが、理解したとたんに胸を腕でさっと隠し、
「和くんのエッチ」
と、顔を赤らめながら言った。
「んなっ!? その、……ごめん」
「うん。和くんなら、その……いいよ」
「へ?」
まさかそんな風に返されるとは予想しておらず、呆けた声が出てしまった。
「いっ、今のはその、なっ何でもない! ほらっ準備体操終わったでしょ。早く行こう」
そう言って香織は走り出した。
◇ ◇ ◇
「和くん大丈夫?」
俺の前を走っていた香織が振り替えって聞く。
「あんまり大丈夫じゃないかも」
短距離走などはそこそこ得意だろうから長距離走もいけるだろうと舐めてかかったが、結果は惨敗。肩で息をしていて、正直もうやめたい。
「この先のコンビニで少し休む?」
「そうしよう、悪い」
「大丈夫だよ、いきなり四キロはハード過ぎたと思うし」
うちから高校までの距離が約1.5キロ。四キロは大体その2.5倍だ。
登校するのすら遠いと思っているのだからその倍以上はさすがにキツすぎる。
「この前遅刻しそうになったときは私の手を引っ張るほどの余裕があったのにね」
「多分、遅刻しそうになるときは変なギアが入るんだろ。あんまり遅刻しすぎると指導が入るみたいだし」
「大学に行くのに先生に悪い意味で目を付けられたくないってこと?」
「いや、単純に家に帰る時間が遅くなるのが嫌なだけ」
「あはは……じゃあ今度からは早く寝なきゃダメだよ」
「努力はする」
なんだか最近、香織の口調が親目線になっているのは気のせいだろうか。嫌なわけではないから別に良いが。
◇ ◇ ◇
「ほれっ」
コンビニの外で待っていた香織に、コンビニで二本買ったお茶の入ったペットボトルを渡す。
ちなみになぜ香織はコンビニに入らなかったのかと言うと、「汗の臭いがついたままでコンビニ入りたくないから、和くんだけで入って」とこのとだ。
「いいの?」
「久々に運動するきっかけを作ってくれたお礼だ」
「そっか、ありがとう」
「おう」
それっきり会話が途絶える。
「そう言えば、体育大会の種目はどうなったの?」
「あー、たしか100メートル走だった気がする。香織は走り幅跳びだっけ?」
「うん。みんな砂が入りなくないからって仕方なくね」
「良いんじゃないか。俺は好きだぞ、香織のそういうところ」
「?」
キョトンっとした顔で俺をみる香織。
よくよく考えてみれば、いきなり「好き」って結構ヤバイ気がする。
「いやっ、そのっ、臨機応変に行動できるところが好きだなーってことだからな!?」
「ふふっ、わかっているよ。和くんの幼馴染だもん」
なぜだろうか、そう笑った香織の顔は少し、ほんの少しだけ悲しんでいるような気がした。
「さてっ、お茶ありがとう。そろそろ行こうか?」
「ああ」
気のせいだったのだろうか。今の香織には悲しんでいる様子がない。
(強く"好き"を否定しすぎたからか?)
ただ、素直に好意を伝える勇気があるはずもなく。
「もっとしっかりしないとな」
「そうだよ、もっとしっかり運動しなきゃダメだよ」
思わず口から漏れ出てしまった言葉だが、香織がいい具合に勘違いしてくれて助かった。
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