嘘
千鶴さんの部屋から出ると俺を待っていたのか、香織が廊下の壁に体を預けていた。
扉を開けた音で気づいたのか、スタスタと早足で歩み寄ってくる香織。
「か、和くん。私が部屋から出ていった後なに話したの?」
「いや、特にはなにも」
「本当に?」
何を疑っているのか知らないが、ずいっと顔を近づけてくる香織。
「本当だって。夜叉神さんと仲良くしてねとしか言われなかったし」
「そ、そっか」
「そんなことよりも顔が近いんだけど……」
「へ? ひゃぁ!」
顔と顔との距離が近いことを気がついた瞬間に、カーっと顔を赤くしながら俺から離れる香織。
「と、とりあえず戻ろうぜ。翠とかも待ってるだろうし」
「う、うん」
◇ ◇ ◇
「あ、やっと戻ってきた。遅いぞー二人とも」
俺と香織が翠たちのもとに戻るとすでにDVDは終わってしまったのか、ローテーブルの上にある飲み物を飲んでいた。
「ちょっと、いろいろあってな」
「ふーん。あ、そうそう、次はなにする? またDVD見る?」
「僕は何でもいいよ」
「私も何でもいいですよ」
「翠ちゃん他にもDVD持ってきてるの?」
「うんっ、とっておきのがひとつあるよー」
自信満々の顔の裏に見せた、なにか企んでいるときの顔を少しだけ覗かせる翠。
「じゃあ翠のその、『とっておき』のDVDを見ようぜ」
わざと『とっておき』の部分を強調して言ったことに気づいた翠が、ニヤリと笑う。多分俺以外にも、大地は気づいていると思うけどあえて言ってなさそうだ。
「ちーちゃん。エフェクトとかがかっこいい作品だからカーテン閉めてもいいかな?」
「カーテンですか? いいですよ。少し待っていてください」
そう言って、カーテンとは反対のドアに向かう夜叉神さん。そして、スイッチを押すとだんだんと部屋のカーテンが閉まっていった。
「お金持ちパワー凄っ」
「そ、そうですか? それよりも、翠さん。DVD入れないんですか?」
ガサゴソと鞄のなかをあさり、一枚のDVDケースを取り出した。アメコミ系のケースをかぱっと開けた時に一瞬だけ、有名なピエロが出てくるホラー作品の表紙が見えてしまった。
大地も気がついたのか、やれやれといった感じで翠の行動を見守る。そんなことなど露知らず、香織と夜叉神さんは談笑している。
香織にこっそり教えてあげようかと思ったが、せっかく翠が準備したサプライズを潰すのはどうかと思いやめておいた。もしも香織が本気で怖がったら、翠でも止めるだろうし。
「さてー、準備もできたし見よー」
「はい」
「ねぇ、翠ちゃん」
「ん? なに?」
「さっきホラー作品は持ってきてないって言ってなかった?」
「いやー、さっきバッグのなか探してたら偶然見つけちゃって。あ、でも、私のお気に入りなのはほんとだよー」
「うぅ、ホラーは苦手なのに……」
嫌そうに言いながらも見る気はあるようで、俺と翠の間に割り込むように座ってきた。
「近い、熱い」
さらに恥ずかしいも含むけど。
「だって怖いんだもん、すぐ近くに人がいないと心配になる」
「わからなくもないけど」
「じゃあいいよねっ」
「はあ」
実際嫌そうな振りをしているが、めちゃくちゃうれしい。好きな子と至近距離のだ、少しぐらい浮かれるのは仕方がない。
映画が始まって数分までは余裕を見せていた香織だが、最初の人が死ぬシーンで怖くなったらしい。そろそろ終盤の今まで、香織はずっと俺の腕にしがみつきっぱなしだ。
ただ、怖くとも見ないと言う選択肢はないようで、時々声をあげながらもしっかりと見ている。
「きゃぁっ!」
再び香織が声をあげると同時にぎゅっと香織が俺の腕をつかむ強さが増す。それに比例して香織の胸が俺の腕に押し付けられる。
俺と大地はホラー系にそれなりに耐性がついているため怖くはないが、香織は俺の腕に、夜叉神さんは翠の体に抱きつきながら見ている。
香織には悪いが、この状況は一人の男としては美味しい。
「そんなに怖いなら見なけりゃいいだろに」
ポツリと呟いた声が聞こえたのか、香織がこちらにジトっとした目線を向ける。
「いいじゃん……」
「へいへい、腕が痺れないようにな」
「わ、分かってるもんっ」
「いやー、久々に見たけどやっぱり面白いね!」
「うぅ、今日お風呂入るの怖い……」
「お風呂で殺されちゃうシーンあったからねー。今日かおりんがお風呂に入ってるときに、窓の向こうからピエロが見てたりして」
「やめてよっ! ほんとに怖いんだよ?」
「まぁまぁ、ほかの要素とかもあって面白かったでしょー?」
「面白かったけどもう見たくはない」
「そういえば、夜叉神さんは大丈夫だったの?」
夜叉神さんも終盤までは怖がっていたようだが、終盤に差し掛かったらところでぱっと怖そうにしていた雰囲気が消えた。
「そうですね、だんだんとあのピエロがかわいいな、と思ってきてしまってそれ以降は全く怖くなかったです」
「か、かわいいのか、あのピエロ……」
「よく見てみるとかわいいですよ? まつげとかも長くて」
かわいいの感じかたは、人それぞれだということを実感した。多分何年経っても、あのピエロはかわいいとは思えないだろう。
「大地はどうだったー? 私と何回か見たけど」
「見すぎて頭のなかで再生できるほどになったよ。そうだね……何回も見ているからもう怖くはないかな」
「おー、じゃあ大地は次のステップに進むときが来たようだね」
大地の成長? がうれしいのかニコニコしている翠。方や大地は、完全諦めモードだ。
「いやー、それにしても面白かった。次も新しいホラーものを見ようねー」
「私映画見るときは絶対に遊ばないようにする」
「冗談だって、半分ぐらいは」
「それって半分は本気ってことだよね?」
「どうだろうねー」
「うー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます