仕事

「あー、暇だー」


 そういいながら、弁当箱ない空いたスペースに、ゴンっと音をならしながら、翠は額を教室の机にぶつけた。


「暇なんだったらいいだろ。目の前で仕事に追われているやつに向かってそれを言うな。昼休みをもっと満喫しろ」


 そんなことを言いながらも、俺は翠を見ずに手元のプリント作業に目を通している。

 俺と香織は、朝のホームルームで先生に渡された学級委員の仕事をこなしている。「これ、今日の五時までによろしくね」と笑顔で言いながら、プリント数十枚が机に置かれたときは、さすがに顔が引きづった。


 そんな訳で、俺と香織、手伝いをしてくれている大地は忙しいのだが、翠はさっきから暇暇言ってる。ちなみに、翠に頼まない理由はなにか余計なことをしそうな予感がするから。


「でもさー、暇なんだもん」


「翠ちゃん、おでこ痛くないの?」


「うー、ちょっと痛い」


 それなりに痛かったのか、うっすらと当たったあとが赤くなった額に手を当てる。


「そうだ! みんなでトランプやらない?」


「却下」


「えー、いいじゃん。ケチだなー和希は。いいよね、かおりん?」


「うーん、少しだけ……ならいいんじゃないかな?」


 翠の押しに弱いのか、香織もこの仕事が疲れたのかプリントをめくる手を止める。

 実際この仕事の残りの量はそこまで多くはない。この昼休み中には終わるだろう。


「トランプなんて翠ちゃん持ってるの?」


「ふっ、ふっー実は持っているんですよ」


 ごそごそとブレザーのポケットの中に手を突っ込む。


「ほらっ」


 ぱっと広げた手の上には、消しゴム3個分ほどの大きさのトランプがあった。


「へー、凄い小さいね。なんだか可愛い」


 ふふっと言いながら、翠から受け取ったトランプを香織はいじくる。


「和くん、少しだけトランプ一緒にやらない?」


「まあ、少しだけなら」


「なーんで私が誘うと断るのに、かおりんが誘うと断らないのかなー?」


 ニヤニヤしながら煽ってくる翠。


「うっせ、大地もやろう」


「そうだね、少しだけやるなら進行に問題はなさそうだし」



         ◇ ◇ ◇



「うぐっ! また負けた」


 バラバラバラ、と持っていたトランプを机に落とす翠。


「さすがに顔に出すぎだよ、翠は」


「大地が逆に全く顔に出てないだけだよ。まさ五回やって、全敗にするとは思わなかったなー」


 翠は五回中全敗、逆に大地は全て一番最初に抜けていた。

 翠はすぐに顔に出るためか、翠のカードをとる香織は、少し苦笑いしながら進めていた。俺はあまり顔に出しているつもりはなかったが、何故か大地にすぐに揃っていた。


「私は楽しかったよ」


「俺も楽しかったよ。一度も最初に抜けられなかったの悔しいけど」


 そう言いながら大地を見ると、どうしたものかと苦笑していた。


「悔しいけど、楽しかったからありかなー。あっ、あと一分でチャイムなる。次の授業の準備してくる」


 いつの間にか、教室内にいた他クラスのやつらは、午後の授業があるためそれぞれのクラスに戻り始めていた。

 俺も次の授業の準備をしようと席から立とうとすると、机の端に追いやっていたプリントの山が目にはいる。


「やべっ。結局やってない」


「私もすっかり忘れてた……」


「和希、香織ちゃん。悪いけど僕は、放課後用事があるから手伝えなさそうなんだ」


 「ごめん」と言いながら手を合わせる。


「別に気にしなくていいぞ。もともと俺たちの仕事だしな」


「うん、気にしなくていいよ」


「そっか、そう言ってくれるとうれしいよ」


 そう言って大地も自分の席に戻っていった。


「香織」


「ん? なに?」


「何時に終わると思う?」


「うーん、授業が終わるのが四時で掃除とかもあるから……四時半ぐらいかな」


「はあ、やっぱりトランプしなきゃ良かったかな」



        ◇ ◇ ◇



「全然終わらないね」


 目の前の机に座っている香織がぽつりと呟く。それもそのはず。今は四時半が少し過ぎた頃、俺の分の残りのプリントはあと十枚ほど。

 本当は掃除が終わってすぐに教室で作業を進めようと思ったが、ゴミ捨ての日にちと重なり始めるのが遅くなった。


「少しトイレに行ってくる」


 気分転換もかねてトイレに行く。香織は休まずに続けるのか「行ってらっしゃい」と言い、すぐに手元の作業に戻った。




「……もう終わったのか?」


「うん、やっと終わったよ」


 そういう香織の机の上には、きれいな字でチェックされたプリントがあった。


「はぁ、俺も早く終わらせるか」


 残っているプリントの枚数は五枚ほど。あと数分もあれば終わるだろう。

 香織は俺が終わるまで待ってくれるのか、スマホを取り出していじくっている。


 二人だけの教室は新鮮だ。普段はうるさい教室も、俺がシャーペンを走らせる音と、空いた窓のそとから聞こえる運動部の掛け声、風になびくカーテンの音しかない。


「和くん」


 すっとスマホから顔をあげる香織。


「ん?」


「手伝ってあげようか?」


 風で乱れた髪を耳にかけ、再びプリントに向かった俺の視線に割り込むように覗き込む香織。


「……」


「どうしたの?」


「いや、何でもない。頼むよ」


「うんっ」


 髪を耳にかけながら覗き込むなんて反則だろ。かわいすぎるわ! 思わず見とれて声がでてこないほどだった。


「じゃあ、このプリントを頼む」


「うんっ」


 なるべく平常を装ってはいるが、俺の心臓は先程の余韻がまだ残っている。




「ふー、なんとか終わったね」


「あぁ、香織がいなかったら危なかった。ありがとう」


 時計の針は四時五十分を指している。今から職員室に提出にいけば、さすがに間に合うだろう。


「それじゃあ和くん、職員室に行こっか」


「あぁ」

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