耳掻き

「和くんは、何か私にしてほしいこととかない?」


 香織が熱から回復した次の日、すなわち土曜日に、香織は俺の家に来ていた。

 どうやら、少ししか熱は出ていなかったらしい。俺が見舞いに行ったときにはすでに熱は下がっていて、念のため安静にしていたらしい。


「何かしてほしいことか。……何でそんなことを聞くんだ?」


「ほらっ、昨日和くんが来てくれて嬉しかったし、ご飯とか作ってくれたし。そのお礼にと思って」


 昨日はそのまま帰ろうと思ったが、香織が風呂に入りたいと言い出したため、風呂から上がるまで香織の家で待っていた。より正確には、香織が入っている風呂の前で、だ。


 熱を出した病人を一人で風呂に入らせるのも危ないため、家に残ったのだが「何かあったときに困るから、お風呂場の前で一緒にいて」、と熱なのか恥ずかしいのかわからないが、とにかく顔を赤らめながら上目使いで頼んできた。

 そんなわけで、俺は香織が風呂から上がるまでずっと風呂場の前で待機していた。だが、シャワーの音や、お湯に浸かっている音がどうにも居心地の悪さがあった。

 気を紛らわせるためにスマホをいじり、ときどき香織と会話を交わしたりした。


 そして、風呂を上がった香織は、あろうことかそのまま料理をしようとした。

 結局、俺が夕飯を作り、香織と二人で食べた。


「う~ん。っつても、してほしいことなんてないしなー」


 耳をポリポリと掻きながら、少し考える。


「あ」


「何かあった?」


「いや、でも」


「とりあえず言ってみてよ」


「俺はいいんだけど、香織にたいしてなん言うかその――」


「いいから」


 早く言ってほしいのか、あせるように促す。


「じゃあ、……その、耳掻き。耳掻きをしてほしい」


「そんなのでいいの?」


 コテンっと首をかしげる香織。

 「そんなの」でもないんだけどなあ。


「ああ、耳掻きをしてほしい」


「和くんがいいならいいけど。本当に耳掻きでいいの?」


「それ以外思い付かないんだ」


「なら、別にいいけど」


 何か気にくわないことでもあるのか、香織は「む~」と言いながら、耳掻き棒を探しに行った。


「和くーん。耳掻きどこにあるのー?」


「へいへい、ちょっと待ってろ」



         ◇ ◇ ◇



「さて、じゃあ和くん、横になって」


 香織はこの前の膝枕のときのように、ぽんぽん、と太ももをたたいた。


「ん」


 ゆっくりと香織の太ももに頭を預ける。

 この前も膝枕をしてもらっからある程度は離れていると思ったが、やはり無理だった。

 艶やかで、ふにっとしていて、温かい感覚に包まれる。


「それじゃあ」


 「動かないでね」と言いながら、香織は俺の耳たぶにそっと触れた。


(!?)


 耳たぶを触られる、ただそれだけのことで心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。

 そして、おそるおそるといった感じに、香織が耳掻き棒を耳の中にいれる。


 耳掻きの先が耳の皮膚に当たり、一瞬ゾクッとしたが、香織が耳掻き棒を動かしているうちに、気持ちよさが耳を中心に、からだ全体に広がっていく感覚が押し寄せてきた。

 性格が現れているのか、香織の耳掻きは丁寧で優しい。

 自分で耳掻きをやると、まったくもって気持ちいいなどとは感じないが、やはり他人にやられるのとは違うらしい。さらに言うと、好きな女の子、と言うだけでむず痒くも気持ちいいのだろう。


「痛くない?」


「ああ、大丈夫。気持ちいいぐらいだよ」


「そ、そっか。ならよかったよ」


 そのまま耳掻きの気持ちよさにはまっていると、突然耳から耳掻きの掃除する感覚が消えた。


「次は梵天をやるからね」


「梵天?」


「知らないの? 耳掻きの反対側についている白いポンポンだよ」


 確かに今香織が持っている耳掻きにも、白いポンポンがついている。てかあれ、梵天って言うんだ。


「その梵天は何に使うんだ?」


「耳掻きで出たごみをきれいにとるために使うんだよ」


「本当にとれるのか、そんなので?」


「どうだろう? でも、気持ちいいって人は多いみたいだよ」


 そう言いながら香織は梵天を耳の中に入れる。

 確かにさっきまでのガリガリした感じとは違い、カサカサした感覚で気持ちいい。


「本当だ、気持ちいい」


「よかった」


 表情は見ることができないが、声音の感覚的に、安心している……ような気がする。


「ほらっ、和くん。終わったから反対側を向いて」


 逆を向く、つまりは香織のお腹に顔を向けると言うことで、


(絶対無理だ、うん。恥ずかしさで悶え死ぬ)


 どうしたものかと考えた結果、


「ありがとう、ちょっと水飲んでくるよ。香織は?」


「う~ん、私はいいや」


 水を飲みに行き、帰ってきたときさっきとはからだの上下を入れ変えれることにした。




「おかえり」


 一応ちゃんと水を飲みに行き、再び戻ってくると、さっきと変わらぬ姿勢で香織がぽんぽんと太ももをたたく。


「失礼します……」


 なぜかまた敬語になりながら、太ももに頭をおく。

 やはり、耳掻きが耳の皮膚に当たった瞬間はゾクッとしたが、その後気持ちよさが押し寄せる。


 そして梵天も終わり、気持ちよさと恥ずかしさのミックスしたなんとも言えない耳掻きが終わったのだが、


「和くん」


「ん?」


「髪の毛で遊んでもいい?」


「……好きにしてくれ」


 もう少し、気持ちよさと恥ずかしさのミックスした時間は終わらないようだ。

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