朝。目覚ましのけたたましい音ともに目を覚ました。


「はぁ、やっと今日で学校が終わりだ」


 金曜日の嬉しさと疲れを打ち消すように、ベッドから出て、着替えて朝食を食べるためにリビングにはいる。

 リビングの上には、サランラップでつつまれた朝食があった。


 朝食を食べ、香織が家にくるまでテレビを見ていたが、


「――お? もうこんな時間か、香織はまだ来ない……のか?」


 ちょうどやっていたニュースのに出ていた時間は、いつもなら香織が家のチャイムを鳴らしに来る時間を少し過ぎたほどだった。


「休みなのか?」


 不思議に思いながら、学校に背負っていくリュックを肩掛け、家を出て、隣の家――今川家のチャイムを鳴らす。

 やがてバタバタとしたスリッパの音が聞こえ、やがてガチャリという音ともに香織ママが顔を出した。


「あら、和希くん。おはよう」


「おはようございます、今日香織は?」


「あっ、ごめんね。今日はちょっと熱が出ちゃって香織は学校お休みするの。連絡できなくてごめんね」


 慌ただしかったのか、額に汗を浮かべながらも、申し訳そうに香織ママは謝った。


「わかりました、じゃあ学校行きますね」


「うん、行ってらっしゃい。あ、そうだ」


「はい?」


「香織が『お弁当作ってあげられなくてごめんね』だって」


「っ……!」


 ――俺のことよりも自分の身体の方を心配しろよ。でも、


「『心配すんな、学校から帰ったら見舞いに行く』って、伝えておいてくれませんか?」


「うん、わかった。私も今日は、仕事があるから鍵は……って、和希君の家に合鍵あるんだっけ?」


 そう、鍵をなくしたときに備えて双方の家に、予備の鍵がある。それほどまでにお互いのことを信頼しあっている証拠だろう。


「はい、うちにあるので大丈夫です。それじゃあ、行ってきます」


「うん、行ってらっしゃい」



         ◇ ◇ ◇



 いつもは香織と二人で歩いている通学路も、一人で歩くと無償に寂しいような気がした。


(話ながら学校に行くのが当たり前になってたのか。中学のときは当たり前だったのにな)


 教室にはいると、すでに学校に来ていた翠と大地が話しかけてきた。


「おはよー、和希。あれっ、今日はかおりんお休み?」


「あぁ、少し熱を出したらしい」


 自分の椅子に座り、リュックから筆箱などを机に入れる。


(来るときにコンビニに寄ってくれば良かったな)


 どこの学校もそうだと思うが、購買は混む。一度、お試しで大地と一緒に購買に行ったが、人でごった返していて、買うのに五分ほどかかった。


「後でお見舞いとかに行ったほうがいいのかなー?」


「やめておいた方がいいんじゃないかな。香織ちゃんも大人数で来られても迷惑だろうし」


「確かにな。後でLINEとか送ったほうがいいんじゃないか?」


「む~~。確かに、後でLINE送っておこ」


 ほほを膨らませながらも、病人に迷惑をかけるのは悪いと思ったのか、大地と俺の意見に賛成した。



         ◇ ◇ ◇



 午前の授業の終わりを鳴らす、イギリスのビッグ・ベンもモチーフにしたチャイムの音とともに、教室にいた各々は背伸びをしたり、トイレに行ったりと、授業中の静けさから一転、一気に騒がしくなった。


「和希は購買に昼を買いに行くの?」


「ん? あ、そうだな」


 しばらくボーっとしていたため、大地から話しかけられたのにも関わらず、変な反応をしてしまった。


「ほらっ、香織ちゃんがいないからってそんなに落ち込まない落ち込まない」


「フォローしてるのかどっちなのかはっきりしてほしいんだけど」


「どっちだろうね」


 いつもの涼しい表情で、翠のようなことを言い出す大地。大地がこういうキャラになると反応に困るな。



         ◇ ◇ ◇



「ねえ、和希大丈夫?」


 今日一日の授業が終わり、帰り支度をしていると翠がそんなことを聞いてきた。


「何でだよ?」


「ほら、なんか授業中ずっとボーっとしてたじゃん。かおちゃんの風邪、和希もかかってたりしない?」


 ……全く気づかなかった。確かに言われてみれば、いつもと違い授業の内容が頭に入ってこなかったような気がしなくもない。

 俺もうつったのか? おでこをさわっても熱はなさそうだしな。


「そうじゃないよ、翠」


 やれやれと言った感じで、大地は翠の耳に近づけ、何かを話す。すると、


「なるほど~。大丈夫、和希は熱じゃないよー」


「は? 翠に何を言ったんだ、大地?」


「秘密だよ」


 そう言って、少し広角を上げた。翠に至ってはニヤニヤしているほどだ。


「ったく、失礼なやつらだな」


「いつか和希もわかるよ」


「どうだろうねー」


「よく意味はわかってないけど、翠は俺のことをバカにしているのだけは分かった」


 「ひどっ!?」、と言いながらも特に気にしていないのか笑っていた。



         ◇ ◇ ◇



 今日に限ってなぜか帰りは、俺と翠・大地と夜叉神さんという、珍しくそれぞれの方向別に帰った。翠曰く、「和希が心配だから!」と言うことらしい。

 ちなみに、夜叉神さんにも「大丈夫ですか? 元気がないようですが」と言われた。その後で、大地がしたように翠が何かを話すと「あぁ、そういうことでしたか」と納得していた。

 そんなに今日の俺は、元気がないように見えたのだろうか。そして、大地と翠が何を言ったのか気になる


 ――そして今は、


「いくら幼馴染の家とはいえ、人の家に一人で入るのは心配だな」


 香織のお見舞いのため、香織の家の階段をもしも寝ていたら起こさないように、静かに上がっていた。


 コンコン


 控えめ程度にノックを鳴らすと、「入ってもいいよ、和くん」と返事がかえってきた。

 どうやら起きていたらしい。


 ゆっくりとドアノブを回し、香織の部屋にはいる。香織はベッドの上に身体を起こしていた。


「ごめんね、和くん」


 申し訳そうにへにゃっとした笑顔を浮かべた。

 その、なんでもない普通の――香織の笑顔を見た瞬間、


「なっ、何で和くん泣いてるの?」


「え?」


 目の下を手で擦ると、なぜか涙がついていた。


「何か悲しいことでもあったの?」


「いや、別にそういう訳じゃあないんだけど。なんでだろ?」


 制服の袖で涙を擦る。


「ふふっ、へんなのー」


「うっせ」


「ねぇねぇ、今日は学校で何があった?」


 香織は学校にいけなかったことが悔しいのか、身体を乗り出して聞いてきた。


「そうだな……そう言えば、国語の先生が――」

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