迷子

 翠たちと別れ、香織と二人で家に帰るために商店街を歩いていると、ふと香織が立ち止まった。


「どうしたんだ?」


 振り返りながら香織に尋ねると、商店街の一点を指差した。


「……あの子」


 指を指した先には、おろおろした様子の綺麗なパープルの髪をした女の子がいた。


「迷子、じゃないかな?」


 確かに迷子に見えなくもない。人通りの多いこの商店街で、自分よりも背の高い大人が行き来していることに怯えているのか、辺りを不安そうにうかがっている。


「一応声かけるか?」


「うんっ」


 香織はそう答えながらすでに俺をおいて、歩き出していた。

 人混みを掻き分け、女の子のそばに行くと、女の子と同じ目線で香織が話しかけていた。


「どうしたの?」


 怯えさせないよう香織が声をかけると、女の子はおろおろさせていた髪の色と同じパープルの瞳を香織に止めた。


「どうしたの?」


 もう一度香織が尋ねると、女の子は小さく、


「――お母さんとはぐれちゃった」


 と言った。要するに迷子だ。

 香織は俺の方を向き、「助けてもいいよね?」

と視線で訴えてきた。もちろん、このままこの子を放置するのは後味が悪いから、了解の意味を込めて頷いた。

 香織はその頷きの意味をしっかりと理解したのか、パアッと顔を輝かせ女の子に笑顔で語りかけた。


「私と、そこのお兄さんの二人でお母さんを探してあげようか?」


「本当にっ!?」


「うんっ! だよね和くん?」


「あぁ」


「ありがとう。お姉ちゃん、お兄ちゃん」


 女の子は先程のおろおろした様子から一転し、顔に笑顔を浮かべた。


「私は香織、そこのお兄さんは和希って言うんだよ。お名前は何て言うのかな?」


 香織が俺の分も紹介をし、女の子に名前を尋ねる。


「……はる」


「はるちゃん?」


 確認するように女の子――はるちゃんに尋ねると、コクりと頷いた。


「それじゃあお母さんを探そうか」


 香織が立ちあがり、はるちゃんに手を差し出す。その手をはるちゃんはおずおずと繋ぎ、歩き始めるが、


「ちょっと待て」


「どうしたの?」


「そもそもこの場所に、はるちゃんのお母さんが戻ってくることを考えてこの近くの店に、連絡することが大切なんじゃないか?」


 例えば、俺たちがはるちゃんのお母さんを探しに行き、入れ違いになった場合、はるちゃんのお母さんは近くの店の人に『自分の娘を見なかったか?』、と聞くだろう。そのときに、近くの店が俺たちの、例えば電話の番号などを知っていれば大丈夫だろう。


「たしかに、それもそうだね」


 そう言って香織は、はるちゃんの手を繋ぎながら、いちばん近くにある八百屋の店主らしき人に話しかけ、しばらくして戻ってきた。


「これで大丈夫だね、私の使わない方のメールアドレスを教えておいたよ。何かあったら私の携帯に連絡が来ると思う」


「メールアドレス何個もあるんだ……」


「さっき作ったんだよ」


 えへへ、と笑う香織。そういえばさっきスマホをいじくっていたが、まさかあのときに作っていたとは。


「それじゃあ、はるちゃんのお母さんを探しに行こう」


 香織が優しく声をかけると、はるちゃんはコクりと頷いた。そして、空いているもう片方の手を俺に向けた。

 えっと、これは俺も手を繋げってこと……なのか?

 俺がそっと手を近づけると、はるちゃんが俺の手をガシッと繋いだ。

 その様子を、なにか意味ありげな目線を送りながら、香織が俺を見てきた。


「なんだよ」


「別に」


 プイッ、と言う効果音が似合いそうなほどきれいに、目を反らした。



         ◇ ◇ ◇



「なあ、何でこんなことしてるんだ?」


 はるちゃんのお母さんを探し初めて、早三十分。俺の口から漏れでたのは呆れの声だった。


「何で、ってどう言うこと?」


 香織は頬に、俺の方を向いた。


「何でクレープ食ってるのか聞いているんだよ」


「何でって、食べたかったからだよね?」


「美味しそうだった」


 はるちゃんも香織と同じく、いやそれ以上にホイップクリームをつけ、満面の笑みだ。


「和くんも食べる?」


 香織は、俺だけクレープを食べていないことをいっているのかと勘違いしたのか、俺に自分のクレープを差し出した。ちなみに俺だけクレープを食べていない理由は、店に聞き込みをしに行き、帰ってきてすぐの会話がこれだからだ。

 とはいえ、貰えるんだったら貰う。それも好きな子が食べたやつならなおさら。

 香織から貰ったクレープはなかにイチゴが入っていたらしく、口のなかでイチゴの少しだけの酸っぱさと混ざっておいしかった。


 そして、ちょうど香織とはるちゃんがクレープを食べ終わり、再び歩き出そうとするところで香織が唐突にスマホを取り出した。


「どうしたんだよ」


「はるちゃんのお母さんが見つかったって!」


 スマホからガバッと顔をあげ、香織は俺とはるちゃんを交互に見た。


「良かったな」


「……うん」


 嬉しさのためか、俺が声をかけるとうつむいてしまった。

 しかし、うつむきながらも、その目は少しだけ輝いているような気がする。



         ◇ ◇ ◇



「おかーさん!」


「はる!」


 はるちゃんを見つけたお店の近くに行くと、店の回りをおろおろした趣で待っている女の人がいた。そして、その姿を見つけたはるちゃんは、直前まで繋いでいた俺と香織の手を離し、その女の人に走って抱きついた。


「良かったね」


「あぁ」


 無事に見つかったことだし、帰ろうとすると女の人が俺たちに声をかけた。


「娘をありがとうございました」


 そういいながら、はるちゃんと一緒に深々とお辞儀をした。


「いえ、気にしないでください」


「うん、見つかって良かったです」


 そう言い、俺と香織は今度こそ家に帰ろうと足を進めた時、


「お姉ちゃん、お兄ちゃんありがとう! 二人とも幸せにねっ!」


「ほぇっ!?」


「んなっ!?」


「じゃあねー」


 はるちゃんは「ばいばーい」と手を振りながら、はるちゃんのお母さんはペコリとお辞儀をしながら、商店街の人混みのなかに消えていった。


「私たちカップル……に見えたのかな?」


「さ、さぁな」

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